☆ニックとグリマングを読む

bqsfgame2005-07-18

ディック唯一のジュブナイル創元推理文庫の後書きに分載されたディックが自作を語る中にも、生前に売れなかったためかこの本へのコメントはない。
しかし、個人的にはディック作品の中ではベストなのではないかと思った。人口過密の地球、そこから離れた植民惑星の生活、奇妙な生き物たちが戦う伝説的とも言える現実の戦争、シミュラクラ的な模倣のモチーフ。
ここにはディック作品の重要なガジェットは全て詰め込まれている。しかも整然とコンパクトに。そして、物語は一人の少年の新たな生活の中での冒険と、そこでの大活躍でハッピーエンドを迎えていく。
こんなに綺麗にまとまっていて、しかも幸せな物語はディック作品の中でも類を見ないだろう。執筆順では二つの傑作「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」と「ユービック」の間に入るというのも肯ける。
この作品が執筆当時に売れていて評価されていたなら、ディックの人生は変わっていたに違いない。ジュブナイル作家として成功を収めていたかも知れず、そうするとドラッグへの傾倒やそこから生まれた「暗闇のスキャナー」、さらにそこからの脱出による「ヴァリス」を初めとする一連の作品もなかったかも知れない。
カルト作家としての異名を馳せることはなかったかも知れないが、ローリングのハリーポッターがファンタジーブームの流れを作ったようにジュブナイルからSFブームを作っていたかも知れない。
出来栄えが素晴らしいだけに、これが生前に発表されなかったこと、そしてこの方向性の作品がこれ一つで終わってしまったことは本当に残念でならない。珠玉の一編という言葉があるが、これは正しくそれだろう。