○ドクターブラッドマネーを読む

bqsfgame2005-09-16

フィリップディックの創元からの最新の復刊。サンリオ版も持っていたのだが読まない内に新訳が登場、買い替えた。
時期的には「火星のタイムスリップ」の直後。作品としては非常に手堅くストーリーはまとまり良く、登場人物たちも一つのコミュニティに関連して密接に繋がりあっている。
ただ読んだ印象としてはインパクトがもう一つない。核戦争直前から物語が始まり、すぐに核戦争になる。核戦争自体の描写はあっさりで、すぐにアフターザホローコーストの生き残った人々の苦難の世界へと物語りは移る。
核戦争の責任者であり核ミサイルを超能力的に操ることのできるブルートゲルト博士が旧時代の生き残りのモンスター。対して肢体不自由ながら強力なサイコキネシスを持つホッピーハリントンが台頭してくる新時代のモンスターというところだろうか。核戦争で壊滅的な打撃を受けながらコミュニティを維持している人々を救うのがミュータントのビルケラー。ただ、彼も一種の超能力者。
核戦争直前に軌道上に打ち上げられ、そこからDJをやって人々の情報を繋ぎ心をなごませているのがデンジャーフィールド。彼もまた窮地に陥り、そしてそこから救われる。
そういう意味で破局と救済の物語という構図はディックの晩年へと繋がるものがあるのだが、旧世界側にも新世界側にも善人もいれば悪人もいる。時代の変化に対応して生き方を変えた人もいれば変えていない人もいる。
観念論的にまとめていないと言えばそうなのだが、逆に軸心が見えにくくメッセージが伝わってこない感じもある。また、ディックならではの現実崩壊感覚がなく、核戦争後という設定や超能力が存在するということはあっても、現実はしっかりして揺るがない感じがある。
いろいろな意味で「ディックらしさ」というこちらの期待を裏切る仕上がりになっており、まとまりが良いにも関わらずどこかディックを読んだような気がしないという不満が残る。
ディック自身が良い本だと評しているので期待していたのだが。確かにまとまりは良いのだが、個人的には期待していたものと違っていたかも知れない。