○イノベーションと起業家精神[上]を読む

bqsfgame2006-06-08

ドラッカーの起業家向け書籍の草分け。
1985年の本であり、この分野では最初の本だということもあり、議論の深まりという点ではどうしても不利。しかし、それでもドラッカーらしい、広い視点で同時代の常識に徒に縛られず一つ深く考えているという点は素晴らしいと思う。
アメリカでベビーブーマーたちの雇用が創出されたのは先端産業のお陰などではなく、あらゆる既存産業における変化だったという分析から本書は始まる。
そしてイノベーションに利用できる7つの機会として、信頼性と確実性の高い順に、①予期せぬ成功の活用、②ギャップの認識と活用、③ニーズの存在の認識と活用、④産業構造の変化、⑤人口構造の変化、⑥認識の変化、⑦新しい知識の出現と並べる。
いわゆるハイテクなどの新しい知識は、イノベーションとしてはもっとも信頼性が低いと結論しているのは、多くの世間の人の認識というか科学への期待を裏切っていて面白い。しかし、実例を順に示されていくと、予期せぬ成功の活用に比べると、投資は莫大であり、技術として成功してもビジネスとして成立するようになるかも不確かであり、しかも競争は熾烈でスピードを争わねばならず、なるほど仰る通りかも知れないと思ってしまう。
そして、最後のページでは、「イノベーションに成功するものは保守的である」と、これまた世間の人々の期待と反することを言って驚かせる。そして、最後に「彼らはリスク志向ではなく、機会志向である」と結ぶ。これは「予期せぬ成功の活用」をイノベーションのトップに挙げる主張の裏返しでもあるのだが、ドラッカーイノベーション観を明確にしている結論だろう。
わたし自身、技術系の人間だが、ここ数年、ドラッカーが本書で指摘する通りだと思う。技術力を磨くことは重要だが、それは問題解決力を高めるという面で効果を期待できるが、世間を瞠目させる大発明を生み出すと言う面では極めて不確かだと思う。それよりも組織として、ハプニングを利用して最大の成果を挙げられる柔軟性とスピード感を持つことの方が会社の業績にはずっと役立つと思う。
しかし、どうしたものか特に技術者でない人ほど技術に対して宝籤のようなハイリターンを期待しているような気がしてならない。その面ではNHKの「プロジェクトX」は、非常にマイナスの作用をもたらしたのではないかと思う。良く見ると、往々にして「プロジェクトX」の主人公たちは、組織の「鈍重さ」や「頑迷さ」と戦っており、その意味ではドラッカーのメッセージと符合する部分も多かったと思う。しかし、どうしたものか「技術の浪漫」のような部分ばかりを見ている人が多いように思う。
敢えて反発を恐れずに言えば、「プロジェクトX」は、実録、企業内開発版「踊る大走査線」であったと思うのだがどうだろうか?