☆ドゥームズデイブックを読む

bqsfgame2006-10-05

絶賛物だった「航路」以来のウィリス。
これも素晴らしい。
「航路」もこの作品も、ストーリーが特別に奇抜な訳でもなく、ガジェットや世界が特別にSF色が濃かったり斬新だったりする訳ではない。それよりも圧倒的な筆力で読ませる「書き手」としての凄みが魅力の第一だろう。
エンディミオン」と立て続けに読むと、残念ながら「エンディミオン」が見劣りしてしまう。「エンディミオン」も大作を一気に読ませるのだから、かなりのレベルなのだが、本作と比較すると勝負は歴然という気がしてしまう。
粗筋を書くと陳腐にしか聞こえないと言うのは後書きの指摘の通り、タイムトラベルもので送り込んだ現代(近未来)の側ではインフルエンザが、送り込まれた少女は中世を研究に行ったのだが間違いでペストの猛威のさなかへ突入してしまう。そして両方の時間で伝染病が猛威を揮う中、タイムトラベル救出劇が本当に実現できるかどうか焦燥感の強いストーリーが展開されていく。
ストーリーはそれだけなのだが、なんと言っても筆致が圧倒的、中世のペストの猛威は辛辣だし、現代のインフルエンザの騒動もコミカルな部分もあるが深刻だ。
特に中世で奮闘する少女の努力も実らず次々と倒れていく村人たち。最後にローシュが倒れた時の少女の「赦しを乞わなければならないのは神のほうだ」という不敬な言葉が、どうしてこれほどに説得力を持って悲痛に響いてくるのかは驚くばかりだ。
「航路」では第2部の終わりで、ありえないことが起こってしまい、第3部からは抜け殻のようになって読み進んだ。それと比べると本作は第2部の終わりで決定的な事実が明らかになり、それにも関わらず微力を尽くそうとする諦めない人々の努力が続く。その分だけ本作の方が最後まで一気に読み進められるし、決してハッピーエンドとは言えない悲惨な物語ながら顛末はある意味できちんと期待される収束を迎える。
筆致としては「航路」の方が進化しているが、最後まで一気に読みきって結末が受け入れやすいと言う意味で本作とは一長一短だろう。
いずれにせよどちらも10年に1作クラスの傑作だと思う。
ウィリス自体の評価としては、かったるくて途中で読むのを辞めた「リンカーンの夢」や、どこが良いのかさっぱり理解できなかった「わが愛しき娘たちよ」などの悪い印象があるので絶賛はしがたいのだが、この「航路」と本作についてはSFというジャンルを超えた圧倒的な筆力で素晴らしい小説になっていると思う。