○フロリクス8から来た友人を読む

bqsfgame2007-05-13

フィリップKディックの1970年の作品。68年の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」、69年の「ユービック」などの中期の傑作の後で、74年の「流れよ我が涙と警官は言った」、77年の「暗闇のスキャナー」と言った崩壊色の強い作品へと至る中間に位置する。
率直に言って、単体の作品としてみた場合に、それほど高い評価はできないと思う。しかし、上述のディック史の文脈で読むと、非常に面白い。前半は中期までのディックの抑圧された未来社会像が魅力的に描かれている。現在の人類に当る旧人、進化した高度な知能を持つ新人、超能力を持つ突然変異の異人からなり、異人がトップに新人がビューロクラット階層を独占する社会。
その社会で底辺に置かれ抑圧された多数派である旧人の救世主神話が外宇宙に助けを求めに行ったプロヴォーニというストーリー展開。そして、彼がタイトルのフロリクスから来た友人を連れて現支配階級を打破してしまう。
しかし、その一方でこの物語はディックらしく、プロヴォーニが主役ではない。典型的な旧人であるニック・アップルトンを軸に、その現体制下での抑圧された生活、転向、そして当局からの逃走と物語りは展開していく。
残念ながら救世主の登場で唐突なまでに解放はなされ、SF小説としての説得力はさっぱりで、正に解放を予言した宗教書と言ったような都合の良さで旧人の立場は回復される。晩年のディックの「ヴァリス」などに通じるところがある。また、フロリクスから来た生物は「銀河の壷直し」に通じるところがある、抑圧された監視社会の構図やドラッグ文化は「暗闇のスキャナー」に通じる。
この作品はそうしたディックの重要な諸作品の交差点的な意義が深いと思う。ディックについて語る上では読み逃せないと思うが、単体として面白いとは言えないのでディックを読んだことのない人には此処からは入ってもらわない方が良いように思った。