難しい評価

なにせ20年を越えて描かれたストーリーであり、率直に言って過去の二作の内容も忘れてしまった部分が多い。この作品を起点に改めて時間順に読み直す必要があるという気がしている。
ただ、今の時点でもいくつか思うところはある。
先ず第一に、本作は読んでいて決して読みやすくない。言い換えればエンターテイメント性が後退している。むしろ、主人公のアイデンティティーに関する苦悩が表に出ていて、フィリップ・ディックの「ヴァリス」あたりを強く思い起こさせるものがある。一種、宗教書、もしくは作者の解脱の書のような印象もある。
もちろんストーリー破綻の常習犯だった晩年のディックと本書を比べるのは失礼で、本書は物語として二十年の歳月を越えて三部作を統合することに成功しているように見えるので、レベルは全然違う。しかし、主観的な印象として非常に近いものを持っている。
「猶予の月」もそうだったが、本作も「主観」や「想念」が世界をも動かす力を持っていると確信して止まない世界観の物語だという気がする。この点も宗教書めいて読める理由の一つだろう。
そして、本作の冒頭のエピグラフは、「われらはおまえたちを創った、おまえたちはなにを創るのか?」となっている。そして、作中の主人公の答えは物語の最後に完結し、新たな世界を作り上げる。それが三部作の最初の「あなたの魂にやすらぎあれ」に繋がっていく。
神林さんとは久しくお逢いしていないが、本当に処女長編を書かれた頃から、この三部作の完成がイメージされていたのだとすれば、筆者は改めて神林さんを過小評価していたと懺悔せざるを得ない。好きか嫌いかは別問題として、凄い構築物を完成させたものだと思う。
神林作品を語る上では必読の三部作だと思う。