なつかしの昭和プロレスラー:ディック・マードック

bqsfgame2011-07-01

スレーター、デビアスの次にミズーリ王座に着いたのは、実はディック・マードックである。日本マットでも長く活躍し非常に人気のあった選手なので、彼については語るに及ばないかも知れない。
1968年に初来日、帰国後にダスティ・ローデスと組んだジ・アウトローズはアメリカマットを席巻するヒールチームとなった。パートナーのローデスが一度ならずNWA王座に着いたのに、マードックが届かなかったのは偏に欲がなかったからとしか言いようがない。ジャイアント馬場は、「レスラーとしてはなにからなにまで(ローデスより)マードックの方が上」と言っていたそうだ。
しかし、プロモーターにプッシュしてもらいチャンスを掴んで王座に着くのも列記としたプロレスラーとしての実力なので、ローデスはそれはそれで成功者と呼ぶしかないだろう。
国際プロレスストロング小林のIWA王座に挑戦したり、全日本でUN王座を獲得したり、新日本では第4回IWGPの決勝を猪木と戦った。
シュートにも対応できると言われ、ガチンコ最強説もあった。
1984年に新日マットで編成したアドニスとのタッグチームでWWFにも参戦。WWFタッグ王座も奪取した。
1996年に心臓麻痺で急死し、日米の多くのプロレスファンを悲しませた。