×ナチスを売った男を読む

bqsfgame2014-04-02

本書は茨城会で、ある方から強く薦められて知った本で、地元図書館の蔵書にあったので読んでみた。
読んだ印象としては、折角のお薦めに申し訳ないのだが、なかなか誉めにくい本だと言う感じである。
書かれていることの真偽については、そもそも作者が真実性を主張している訳ではないので評価に関係ない話しかも知れないのだが、個人的には疑わしいと思った。
1:サイモン・シンの「暗号解読」を読んで、筆者はイギリス特務機関の暗号解析能力は、ポーランド機関の遺産に依存する部分が大きく、イギリス機関自体の能力は高くないと言う印象を持っている。
2:そのイギリス機関が、ノルマンディー偽装や、ディエップ偽装などのイギリスが主役である作戦で暗躍するのはともかく、真珠湾奇襲謀略の重要な部分で暗躍していたと言うのは俄かに信じ難い。
3:本書の重要人物の一人として登場してくるマウントバッテン元帥については、ディエップ、さらにビルマでの完敗ぶりを見るにつけ、家柄は別として凡将と言うより愚将に類する人と思うので、そんな人物が優秀な特務機関をコントロールしていたとは信じられない。
4:本書ではディエップ作戦は、作戦的な失敗ではなく、そもそも偽装戦として負けるべくして負けるように予定されたものだとしているが、そのこと自体がマウントバッテンの敗戦に対するエクスキュースのように思える。
5:ディエップ作戦の失敗は、情報統制の失敗だとされているが、その件についてはロンドンで高級将校がパーティーの席上で口を滑らしたとする説が有力とされており、本書の記述とは齟齬がある。それこそがM機関の偽装であると主張することはできるが、繰り返しになるが英国特務機関がそんなに有能だとは思えない。
6:ディエップ作戦の失敗が予定されていたものだとすると、ドイツ軍の待ち伏せにあったのはシナリオの内であろう。しかし、ディエップ作戦中に発生したイギリス軍艦砲射撃の味方への誤爆などは、不自然であり、やはりディエップ作戦は愚将による準備不足の無謀な作戦と言う方がもっともらしいと思える。

などと言った所だろうか。
また、純粋にエンターテイメント創作だとして読むのであれば、文章的に読みにくい気がする。そこが、真実っぽいのだ‥と言う主張もあるかと思うが、上述したように筆者は真実説には同意しかねている。
ところで、本書の本題は、真珠湾偽装やディエップ偽装ではなく、ボルマン奪取計画である。本題自体については、上述したほどの大きな疑義は感じなかった。その意味では、なぜボルマン奪取計画に絞らなかったと強く思う。
また、そもそもなぜ本書が書かれたのかという意味で、
7:WW2のミステリーの一つであるボルマンの行方を明かすのはまだしも理解できるが、なぜ味方を陥れた真珠湾偽装やディエップ偽装を、戦後50年を経過しているとは言え明らかにしなければならないのか動機が理解できなかった。
8:モートンやフレミングが秘密を墓場に持って行った中で、同じ特務機関のプロであるはずの作者が秘密を明かしたのか、今一つ説得力がない。
と言う感じがする。
あと本体とは無関係な話しだが、訳者の落合氏が、出版社が作者に払った金額の大きさを持ち出して序文を書いているのは逆効果だと思った。プロである出版社が、本物だと思ったから巨額を支払ったのだと言うニュアンスだと思うのだが、所謂、「影響力の武器」で言う所の社会的証明の典型であり、詐欺師が良く使う手法になっている。これは、いただけないと思った。