×シオンズフィクションを読む

数年前の「SFが読みたい」からのピックアップ(2020年の6位)。当時に入手したものです。ちなみにこの年の海外編トップは、息吹でした。三体Ⅱ、宇宙へと合わせて4冊を買いました。

700ページの大冊。この時点で心が折れます。

一度、400ページまで読んだ所で、退屈して他のものを読み始めたら、そのまま積読になってしまいました。

再開するに当って、最初から読み直し、一編ごとにコメントをまとめるようにしました。

●オレンジ畑の香

英国在住だというティドハー。

「高い城の男」を思わせるオリエンタル思想の混じった先祖崇拝譚。この作者の長編「オサマ」は、さらに「高い城の男」ライクだそうで、読んでみたいかも。実は創元、ハヤカワ、竹書房の三文庫で既に翻訳出版があるのだが、レビューを見る限りは面白くなさそうな印象を強く受け、買う気がしなかった人でもある。ここで初めて読む機会を得たが、思ったより良さそうな印象は受けた。

▲スロー族

加速成長&教育が当然になり、そうした新しい人類と昔ながらの成長を維持するスロー族がほとんど別の種族になってしまった未来。新人類側のスロー族研究者が見るスロー族の生態。

なるほどとは思わせるのだが、エンターテイメントとしてはあまり上出来ではない。

アレキサンドリアを焼く

アレキサンドリア古代図書館が、時空から独立した時空に実在するという話し。

その図書館に侵入して図書館を完全に焼き払う二人の秘密工作員の話し。二人はエイリアンの侵略でアンドロイド化した生存者という建付け。

図書館の司書と二人の会話劇が良く出来ている。

●完璧な娘

テレパスの超能力者を育てる学校。その授業の一つに死後すぐの死体の思考を検知するものがある。主人公の新入生は、この授業で被検体の男性経験や別れの絶望に過剰共感してしまう。

で、最終的には実は超能力者の学校ではなく、それを利用した検視官の養成学校なのですというアイデア落ち。

そこまでの迫力が凄いだけに、アイデア落ちに少なからぬ違和感あり。

▲星々の狩人

星が地球から見えなくなってしまった未来。その時代に生まれた子供たちの星への憧憬を描く。それだけのことなのだが、意外に読ませる。

▲信心者たち

禁忌に触れると本当に天罰を受ける世界の物語。しかし、天罰をもたらす神の方もまた人間を信じるべきではないかと問う。

▲可能性世界

ブラッドベリの短編「うめあわせ」の返歌だそうです。

自分の人生の別の可能性を予言する能力者に関する掌編です。

●鏡

同じような話しが並んでいるのは、ちょっとアンソロジストの腕が悪いでしょうか。

鏡の向こうに、自分の失敗した人生が見える話です。それを見て、自分は失敗しない人生を送る話しなのですが、ある日、気が付いたら自分が鏡から覗き込まれる側になってしまっているという。ちょっと気が利いているホラーです。

▲シュテルン=ゲルラッハの鼠

鼠の侵略を受ける祖母の住宅街の一画を浪人の孫の視点で描きます。ちょっとライバーの「ランクマーの二剣士」を思い出しました。

▲夜の似合う場所

一種のアルマゲドンテーマであることは判るのですが、それ以外は良く判りませんでした。

エルサレムの死神

集中の白眉。

ヒロインが死神と恋に落ちて結婚し、数多くの死神と親族になるお話し。

死神には担当する死亡原因があり、その原因に相当する姿をしているという所が奇抜。いろいろな死に方の見本のような姿の死神たちが次々にやってくる中盤の描写は面白い。

●白いカーテン

多元宇宙物の連作シリーズの一作だそう。

多元宇宙の蓋然性の短い時空間を繋ぎ合わせて自分に都合の良い歴史を作れるのではないかと言う仮説を巡って対立する主人公とライヴァル。

▲男の夢

男が女の夢を見ると、その女を寝床にテレポートさせてしまうという迷惑な特殊能力の話し。

●二分早く

三次元ジグソーパズルの世界的な選手権の話し。

世界でも有名な有力チームに交じって、才能ある少年少女が集まった田舎のチームが善戦する話し。

●ろくでもない秋

3年も付き合った彼女に一方的に捨てられたのを振り出しに、次々にろくでもない目に合う男の話し。親友は教祖様になってしまい、道で事故に合うと相手の馬車を引いていた驢馬が人語を喋るようになりテレビで引張だこになったり。

自殺しようとするができず、その銃で自分を唯一心配してくれた人語を話す驢馬を殺害してしまう。

●立ち去らなくては

SFが古き良き古典になっている時代に、おばさんに引き取られることになった姉弟の話し。おばさんの家にある珍しいSF小説を読んで目を輝かせるが、弟はなんと物語の中の人物に手紙を出す能力があるのです。

べスターの「5,271,009」という作品が登場するのですが、この短編、ウィキペディアまであるのに翻訳作品集成を調べても邦訳歴が出てきません。そんなことあるのでしょうか?

5,271,009 - Wikipedia

全体として、スペキュラティブフィクションのアンソロジーで、NWのアンソロジーを読んでるような印象が強かったです。出来は悪くありませんが、なにせ分厚すぎるので再読することは先ずないと思いますから×にしました。

中村融さんの訳業(単独訳ではありませんが)に×を付けるのは初めてのことです。