映画「十一人の賊軍」の脚本からのノベライズです。図書館。冲方丁。
冲方丁は列記としたSF作家なのですが、SFものを読んだことがありません。読んだことがあるのは、本屋大賞の「天地明察」だけ。
映画があまりに良かったので、残念ながら、映画には及んでいない感じです。
あちらこちら映画と違います。
まず、冒頭部に政とおさだの馴れ初めが丁寧に描かれており、そこから政が侍殺しになるまでも書き込んであります。なので、映画と違って政の単独主演であることが明確になっています(映画では兵四郎とダブル主演)。
砦の人数が少し増えています。首切り人の木暮総七、普請役の荒井万之助が新発田藩から付けられています。
数馬と加奈は、許婚者でなく既に夫婦です。加奈が連れてくる雇い人の茂助も新登場。しかもこれが米沢藩のスパイとなっています。
なつは、本作では三味線という名で呼ばれています。
映画ではなつは砦を生き延び、政の褒美をさだに届けますが、本作では砦で落命します。代わって、木暮が褒美をおさだに届けます。
そして、決定的な違いとして、政は生き延びておさだと会えます!
まぁ、最後以外はそれほど重大な変更ではないのですが、個々の登場人物の心証に多少のインパクトはあり、映画版を正とするなら、いくらか気になる感じではあります。
p80
同道したのは、首切り人の木暮総七と牢役人たちである。
山道の入り口まで来たところで、また別の侍が不機嫌そうな顔で待っていた。
「普請役の荒井万之助である」
p89
「茂助を庭に来させなさい」
やがて現れたのは、皺だらけの顔に頬被りをした、粗末な身なりの馬丁である。
p172
「侍の腹切りなんか信用できね」
政が数馬ではなく兵士郎をじろりと見て言った。
「この男は、家老衆の溝口内匠様の婿だ。おれの嘆願では通じずとも、この男の嘆願であれば家老衆も耳を傾ける」
p174
「米沢藩に、新発田藩の企みを密告することで、生き延びるか」
爺っつあんが、呟くような調子で言った。
「そっちの家老に、つてがありそうないいかたじゃねえか。まさか、お前さん‥」
赤丹が、わざと言いさして二枚目に続きを言わせようとした。
「ご想像のとおりです。勤王一揆の内情を探って、米沢藩の家老に教えていました」
p214
だが政たちがそう思ったのも束の間、そのうちの一つが、即座に消し去られた。
加奈が、立てかけてあった剝き出しの万之助の太刀をつかみ、もろに返り血を浴びることも気にせず、問答無用で茂助の頸を撫で斬ったのだ。
p240
音を立てて弦が一本切れ、三味線の手から撥を弾き落とした。
三味線は撥を拾おうとせず、壁にもたれて魅了されたように対岸の火炎地獄をその目に映し続けた。やがてその息は耐えたが、火明かりがその身の影を、なおも激しく踊らせていた。
p268
変化があったのは四日目のことで、突然、侍が現れ、
「牢役人の木暮総七だ」
と名乗り、長屋のあるじと話して、おさだが長屋にとどまれるようにしてくれた。それだけでなく、たっぷりと銭の入った袋をおさだに渡した。
「報酬だ。お前に渡すように言われている」
p270
佐吉とともに城下の外まで一緒に歩き、街道まで出たところで、駕籠が用意されているのがわかった。笠と頬被りで顔を隠した男が駕籠のそばでしゃがんでおり、そのそばに惚けた顔をした青年が突っ立ていた。
おさだは、男へ駆け寄りたい気持ちを懸命に抑え、佐吉とともに歩み寄った。
男が立った。申し訳なさそうに眉をきつくひそめる政の顔がはっきり見えた。
おさだはとうとう我慢できず、政の胸へ飛び込んだ。