〇太平天国(一)を読む

 陳舜臣です。

 S&Tの満州を対戦するための準備行動の一環です。

 陳舜臣は、乱歩賞作家で直木賞作家で推理作家協会賞も取ったミステリー畑の三冠王です。中国史小説も多いのですが、筆者は三国志に関心がないので縁がありませんでした。これもなにかの機会かと思い図書館蔵書を検索。

 図書館で借りました。全集では太平天国は2冊。それとは別に四分冊があったので、てっきり文庫版だろうと思って予約しました。

 引き取りに行ったら、四六版ハードカバーが出てきて吃驚!

 

 第1巻は、視点人物の連理文の紹介から始まります。

 理文は、父の連維材から命じられて新興勢力の上帝会の実情を見てくるように指示されて上帝会の根拠地である広西へ赴きます。

 この頃はまだ熱病に冒された時に託宣を受けたという洪秀全を中心に信仰を説く、まさしく新興宗教に近い組織でした。

 やがて、民族主義的に漢民族の新しい国家を志向するようになっていき、現王朝の清帝国を倒そうという革命勢力へと発展していきます。その過程を内側から見る物語です。

 上記のように少し組織が揺籃期から成長期に移ろうとする場面から物語を始めるので、合戦絵巻に入っていくまでの寸が短めになっているのはエンタメとして考えられていると思いました。

 陳舜臣作品としては代表作の「アヘン戦争」と時代的に繋がっていて、そちらの主要人物も姿を現します。

p100

「将来、中国の憂患となるのは、まちがいなくロシアでしょう。そのことを、私はためらわずに申し上げます」

 林則徐は即答した。彼にとって、それはなんども考えた設問であり、答ははっきりと出ていたのである。

「そのご返事は、意外でございますな。林先生は、阿片戦争にさいしてイギリスとさまざまな交渉をなされたお方です。‥ずいぶん苦杯をなめさせれたと、うかがっております。‥その林先生がイギリスよりもロシアであるとおっしゃられるのですか」

中略

「イギリスは商業国家です。彼らのもつ軍事力は、商業を擁護するためのものと思われます。商人の心理を心得ておれば、彼らと正しく応対できるでしょう。‥イギリスはインドを領有したがこれも商権維持のためにしたことで、私の見たところ、いささかもてあましているようですな。インドのアヘンを、イギリスはわれわれに売りつけてきましたよ。‥インドは、ほかに我々に売るべき物産がない。‥お荷物を背負って、イギリスは内心、これからやり方を変えようと思っているでしょう

 インドのように吞み込んでしまっては、消化不良をおこしますよ。‥これからは、広い土地ではなく、拠点でしょうな。イギリスが手に入れようとするのは。香港がそれでした。租界。そんなに広い土地でなくてもよい。商売人は広い土地を必要としません」

中略

 心配だよ、ロシアのことが。長い国境を接している。イギリスのような商業国家とちがって、ロシアは農業国家です。農業者はどうしても土地を欲しがる。土地に対する執念は、たいそう強烈だね」

p116

 林則徐はうなずいた。

 彼も上帝会には大きな問題があると思っていた。

 だが、それは孔子排斥運動ではない。容易ならぬ問題だと思っていたのは、上帝会が民族主義的な主張をもっていることだった。清朝満州族の皇帝をいただく政権である。上帝会では満州族を韃妖と表現していた。

 

 紫荊山に入った理文は、洪秀全と話しをすることを得ました。

p129

 紫荊山は山道は狭いが、意外にふところの深い山である。そして、この山越えは、貨物運搬の近道にもなっていた。

「‥こんなにさびしい道ではなかったらしい」

 山道にさしかかると、洪秀全はそう言った。狭い道は曲がりくねって、そんなに遠くまでは見えないが、しばらく歩いても誰にも出会わない。

 広東の物産や、広州に輸入された外国商品(大半がアヘン)を運搬する業者は、紫荊山を越えて北へむかった。

「いつからさびれたのですか?」

「この7,8年かな。‥ひどくなったのはこの2,3年のことらしいが」

「上海の開港が、だいぶこたえたのですね」

 広州を中心とする南方から、長江(揚子江)流域へ物資をはこぶルートは、何本もあった。紫荊山越えは、その一つにすぎない。

いまはどのルートもさびれている。アヘン戦争の結果、南京条約が締結され、これまで広州一港の貿易形態が、五港開港によって一変した。長江流域への物資供給は、上海がその基地となった。

「そればかりではない。人びとはますます貧乏になって、もう物を買う余力がなくなってきたのだよ」

「なぜでしょうか?」

「仕事がない。この紫荊山は、ついこのあいだまでは宝の山だった。楊秀清がいつもそう言って威張っていたね」

 上帝会の幹部である楊秀清は、この紫荊山のなかで生まれた。彼は故郷の紫荊山を宝の山と誇っていたのだ。

 彼を育てた伯父は、紫荊山で炭焼きをしていた。彼は子供のころから、炭焼きを手伝っていたのである。山中には炭焼きに適した堅い木が多かった。木炭を焼くには、材料の木が堅ければ堅いほどよいのである。楊秀清が少年のころ、紫荊山は運搬夫や商人がよく通った。山の住民は、彼らを案内することで、ちょっとした駄賃を稼ぐことができたのだ。

 

 上帝会のナンバー2、楊秀清の話しが出てきました。やがて彼はエホバの板子として、さらに軍事的司令官として実力を付け、先任を追い越し、ついには洪秀全をも凌ぐ実力を付けていくのですが、ここではまだ洪秀全に拾われた若者の一人です。

 

 承前

 この山の主要産業は炭焼きだが、そのほかに藍を産した。衣料の染料である。品質が良いのでけっこう売れた時期もあった。猟師は鹿に似た黄猄という動物をよく獲った。狸もいたし、石羊もいた。山中には谷川があり、そこの狗魚(サンショウウオ)は美味の評判が高い。

 まさに宝の山だった。

 

 それ以外の幹部も順番に登場してきます。

 

p192

 金田村では軍事訓練がはじまった。おもに蕭朝貴がそれを指導した。

 このころの民間の軍事訓練は、ふつうのことなので目立たなかった。とくに広西では匪賊が横行している。官兵が頼りにならないのだから、自分の命と財産は自分で守るほかなかった。

 地主や土地の有力者は、「団練」を組織して、公然と私兵を養い、それを訓練していた。役所もそれを奨励していた。

p195

 上帝会が妥当すべしと唱えている妖人が官吏や地方紳士であることを知ると、韋昌輝は、私も上帝会にはいる。すべてを上帝会に捧げる。

p197

 貴県にはまだ二十そこそこという若い幹部の石達開がいた。彼は楊秀清や蕭朝貴といった極貧の出身ではない。中級の地主の家に生まれ、正規の教育も受けている。彼が上帝会にはいったのは、韋昌輝とは反対で、馮雲山から上帝会の教義をきき、それに共鳴したからである。入信してから、会の方針に従って造反を指導したのだ。

p208

 このころ桂平県の知県が交替した。睨濤は隣の平南県に転じ、新しい知県には李孟群が任命された。睨濤は、ほっとした。

 金田村や紫荊山を管内に持つ桂平県は、問題の多い県であることは上層部でも知っていたのである。

p214

 楊は両手を肩の高さに挙げ、「うぉーっ!」という声をあげた。

「天父下凡だ!」

 エホバが秀清の口を借りて、信徒に言葉を賜るのである。

「天の次兄洪秀全、三兄馮雲山、いま鵬化山の山人村において、妖敵に囲まれてあり。なんじら宗徒、いまただちに行きて、救い出すべし! めざすは鵬化山なるぞ!」

 

 楊秀清の天父下凡による下達で、ついに上帝会は蜂起して鵬化山を目指すことに。ここが太平天国の出発点なのですが、S&Tゲームでは、翌年の永安攻囲戦から始まっています。

 しかし、この早い段階で既に問題が浮上していました。

 

p235

「ところで」と、李新妹は話題をかえた。「この上帝会、うまく行くとおもう? 理文さん、正直なところ教えてよ」

「それは私がみて問題と思われる点を解決できるかにかかっていますね

 一つの上帝会です。いまうまく行っているのは金田と花州にわかれているからでしょう。洪秀全は花州、金田には楊秀清。

 二つにわかれるおそれがありますねそうなれば、うまく行きませんよ」

 

 この直後に蜂起した上帝会は、戦力増強のために地元の侠客である天地会を入れますが、信仰ではなく利害で合流してくるものは上帝会の組織を揺さぶることにもなります。

 なぜなら上帝会は全ての個人資産を会に上納することを要求しているからです。