☆螺旋の月(宝石泥棒Ⅱ)を読む

 崑崙遊撃隊→宝石泥棒→螺旋の月という繋がりです。

 本書は文庫化されるのが非常に遅かったことで、筆者もかなり熱心に山田正紀を読んできたつもりですが、相当に遅くなってから読みました。

 現代の緒方次郎の恋人、由香利を助けようとする物語と、遠未来のジローの冒険譚がリンクして進みます。

 正直に言うと、現代編はあまり面白くないのですが、ジローが戦う四神の最後の檮杌(とうこつ)の正体の都合があるので現代編をオミットできないのです。これから読む方は頑張って現代編も読んでください。

上p9

 それは植物とはいえなかった。だが、もちろん動物ともいえなかった。

 強いていえば神経線維に似ているといえるかもしれない。

 神経線維-脳細胞のニューロンだ。

 高さ十メートルにも達するリボングラスに似た植物が(?)たがいにからみあい、シナプスをつくって、インパルス信号をはなっている。これはそんな「森」だった。

p12

 そいつは「濡れたもの」だった。

 「濡れたもの」はいつもは遠浅の海に棲んでいるが、ごくまれに必要にせまられ、地上に出てくることがある。

 「濡れたもの」がどんな必要にかられて地上に出てくるのか、それは「森」の興味の外にあることだった。

 いずれにせよ「森」に害をおよぼすような生き物ではない。「植物」がなぎ倒されるにしても、それは再生可能な程度の損傷にすぎなかった。

p34

 いや、それは「森」ではかった。

 それは「首吊りの縄」だった。

 「森」の地下にひそんでいたハンギングロープが地殻を突き破って、ふいにその体をもたげたのだった。

 ハンギングロープ-

 それはもちろんΩ***がこれまで見たこともない生き物だった。こんないやらしい生き物のことなど想像することもできなかった。

 それはいわば触手のかたまりのようなものといえるかもしれない。

 その触手のさきには深海魚のように青白い発光器官がある。

 それはあきらかに眼を模倣したものらしく、そこには瞼めいたものさえあるのだ。その瞼をひらき閉じることで、光を点滅させているのだった。

p86

 雙雙‥

 骨に腐肉がからみついたような、古代獣の生きている死体、見るからにおぞましいそいつは、その名で呼ばれているようだった。

 ジローがこのウッタラクラをさまようようになってから、すでに半年あまりが過ぎようとしている。

 そのあいだ、何度も雙雙の名を聞く機会があった。

 ツンドラ地帯に住む人々のあいだでは、ありとあらゆる生き物は死んだのち灰色の影を持った地下の世界に降りていくと考えられている。

p97

 冥迷はネコヤナギを先祖とする植物の変種であり、たんに水分を浸透作用によって吸いあげる能力を増大させ、それがついに吸血植物にまで進化したものにすぎないのだ。

 もちろん意志などというものを持ちあわせているはずがなく、いま飛兎の市街にひげ根を伸ばそうとしているのも、ヒマワリが太陽に顔をむけるのと同じ、純然たる反射運動だった。

p110

 粉雪が散ると、そこに忽然と奇怪な影が浮かびあがっているのが見えた。

 それも四体-

 死狼という。

 馬ほどの大きさのある、二足の哺乳類。この地に生息する生き物はすべてそうだが、この死狼も毛足が長く、白い毛皮のすねあてをつけているように見える。前肢が異様に長いが、これはたんに滑るときにバランスをとり、ストック代わりに使うだけで、ものをつかむまでには進化していない。

p112

 死狼のふさふさとした長い耳を、両手にからめるようにして、そのうえにまたがっているのは黄泉からの使いだ。

 極北人がなにより恐れている、残忍で、容赦のない祖霊の使い、死に神だったのだ。

 闇のように黒いパーカーを着こんで、血のように赤いマントをはおっている。

p154

 永久凍土層の氷、それ自体はなんのふしぎもない。

 ふしぎなのは、その氷のなかになにか赤い筋のようなものが無数に拡がっているそのことだった。

 もちろんこれはジローの知識にはないことだが、それは人間の毛細血管あるいは樹木が地中に根づかせるひげ根を連想させるようなものだった。

p181

 それは猿のようでもあり、猫のようでもあった。ただし大きい。犀ほどの大きさがあって、褐色の毛が異常に長く、それを背後に風になびかせていた。

 なによりそいつの姿を異様に見せているのは、後ろ脚は二本あるのに、前脚が胸のまんなかから突き出るようにして、ただ一本しかないことだった。

 これまでにもジローはいろんな奇怪な生き物を見てきたが、いまだかつて三本足の獣など眼にしたことがなかった。

 そればかりではない。前足の替わりのように、その頬の両側から蔓のように、とてつもなく長い髭が伸びていて、それがうねり、次から次に氷柱に巻きついて、そいつの身体を宙に運んでいくのだ。

 - これが酸与か!

p198

 ウッタラクラに足を踏み入れる旅人たちは一度はかならず極北人から、ヒケの人形のことを聞かされる。

 死に神の従卒、あるいは地獄の案内人

 こうして地獄が現実に存在するウッタラクラにおいてはそれはたんなる伝説のなかの化物ではない。ヒケの人形は冥府にうごめいて、死人を追い立てる地獄の邏卒として、ときには死に神以上に人びとから恐れられている存在だった。

 もしジローにロボットの知識があれば、それをロボットだと考えたかもしれない。ただしスクラップの部品ばかりを寄せ集めたロボットだ。

下p73

 樹脂を燃やす明かりのにおいがパオのなかにはたちこめている。それ以外にも、遊牧民が飼っている水馬のにおい、水馬の糞を燃やす燃料のにおいなどが混じりあい、あたりにはツンと鼻を刺す一種独特の刺激臭がたちこめている。

p83

 狼毒草

 村を出るまえに、やはりこの狼毒草のことも聞かされてはいたが、現実にそれを目のあたりにするのはこれが初めてだった。

 さしわたしが優に三メートル以上はあるようだ。

 厚い肉質の垂れ下がった五輪の花弁。印象としてはサボテンに近く、その表面には吹き出物のように、一面に醜いいぼがこびりついている。もちろん極端に肉質が厚いのは、炎熱地帯の高熱から身を守るためであるにちがいない。

p88

 とてつもなく大きい。優に人間の体の三倍はありそうだった。

 鞭のように見えたのは、その頭部についている触覚で、それが水馬の体から離れると、ジローのほうに向かってうねうねと伸びてきた。

- 長臂!

 ジローは胸のなかでそう呻き声をあげている。

 長臂もまた炎熱地帯に特有の、動物とも植物ともつかない生き物の一種だった。

 遊牧民たちは長臂は石蕖の果実だと信じ込んでいるようだ。やはり鉱物化した果実が、泥流のなかに落ち、そのなかに砂漠蟹のような生き物が潜り込んで、いわば合体するようにして生まれたものだ、とそう考えているらしい。

 その体を覆っている甲殻がほんとうに果実の殻であるかどうか、それはジローにはなんとも判断しようのないことだ。

p172

 どうやら驕虫神というのが、いまジローたちの乗っている怪物の名であるようだった。

 驕虫神の触角に触れているかぎり、その顔にほどこされている赤と青の入れ墨が、ほとんど気にならない。それがどんな意味を持っているのか、その入れ墨が時間の変転を象徴しているものであることは間違いないようだった。

p192

 そして、ついにそいつが泥のなかから現れた。

 大きかった。優に人間の背丈の三倍ほどはあるようだ。一対の複眼、たくましい下顎がほとんど顔を覆っていて、兜の面覆いをかぶっているように見えた。体節が多い琥珀色のキチン質の身体に、厚く泥がこびりつき、それが黒ずんで乾いていた。

- こいつはヤゴだ!

 そういえば、このアドラヴィデーハでは鵬と呼ばれる大トンボが、もっぱら空の乗り物として使われているようだ。これはその幼虫かもしれない。

p381

 饕餮は蜘蛛に似ていた。とてつもなく大きく、その存在があやふやで、輪郭を見定めることはできなったが、それでもかろうじて蜘蛛に似たその姿だけは確かめることができるのだ。

p384

 ジローは饕餮を倒すことができた。いや、それを倒したといえるかどうか、少なくとも饕餮の姿は、このパラレルワールドから消え去った。それと入れ替わるようにジローのまえに立ちふさがったのは檮杌だった。

 凍結は次郎であり、そして次郎にとって、ジローもまた檮杌であった。檮杌こそ人類の運命をつかさどる神であり、この瞬間、ジローと次郎は運命を賭けて戦わねばならなくなったのだ。