3月のNHK杯囲碁トーナメント

 2日は、平田八段と、令和三銃士の一人、許九段。

 平田八段は許九段を苦手にしていて初手合いから八連敗。去年、初めて勝ったのだそうです。その前に一力棋聖に相談したら、「一度勝てば自信がついて変わるよ」と言われたのだそうで、この日はそれを実証できるかが掛かっていたそうです。

 解説は藤沢里奈女流本因坊

 なんと、NHK杯に限らず解説デビューだそうです。そうか、最近は女流の解説機会も増えてきたのに、第一人者の彼女がやったことがないというのは意外でした。勝つ人は対局が多くて忙しいからですかね。

 碁の方は許九段が三回戦に続いて手厚く打ってじわじわとAI評価で押していく展開となりました。しかし、左下から険しくなり、のっぴきならない攻め合いに。

 こうなると、AI評価は一手ごとに右往左往するようになり全然参考にならなくなります。人間同士なら、攻め合いに勝てそうとか負けそうという部分の読みの問題になるので明確な形勢判断ができるのに、AIはこういう状況になると次の手番の人が有利という評価を一手ごとに振れまくって全然役に立ちません。AIもまだまだ欠陥あるなぁと思います。

 左下は劣勢の白からの一手寄せ劫で、黒が有利なのは変わらないという結論だったと思うのですが、平田君はすぐに仕掛けていき、コウ材は白が有利という状況下、左下は白が劫に勝つ展開となりました。さらに下辺の右側で別の攻め合いが波及して起き、非常に難しかったのですが、既にコウ材を打ち切ってしまった黒は劫にはできないという制約があり、白の平田八段が読み切って勝ち切り、許九段を降ろしベスト4進出を決めました。

 今期はじめて3回戦に進出した平田八段ですが、いよいよ優勝が見える所まで一気にやってきました。次も頑張れ!

 藤沢女流本因坊の解説ぶりは非常に丁寧で好感を持てました。どちらかと言えばヨセ勝負の棋風なので、激しい攻め合いの連続はあまり得手ではないかと思いましたが、慌てることなく適切に参考図を作りながら上手く解説していました。来年も是非登場して欲しいです。女流棋士が出ない対局での女流解説の実績もできましたし‥。

 9日は、余八段と佐田七段の関西棋院対決。

 なぜか解説者は東京の高尾九段。これは準決勝用に温存していた人材なので、場所と関係なく投入したのですかね。

 意外なのは両者の過去の対戦成績が佐田先生の5勝2敗と言うのには驚きました。しかし、冒頭インタビューでは佐田先生は余先生は強いから嫌いと言われていて、こちらの方がイメージに近いかと思いました。

 碁の方は余先生が黒番で秀策流。佐田先生が厚みを構えるという展開に。左上の折衝から、両者とも相手の石を切断する強硬策を応酬して、弱い石同士が攻め合う展開に。まず中央上辺よりで、佐田先生の大石が取られてしまい、形勢が黒に傾きました。しかし、厚みを構えていた白は黒の石を狙って中央から下辺へ雪崩れ込んだところで再び大石同士の攻め合いに。これも黒が制して、白は右辺を策動することになり、この時に黒が一間飛びで付ければ普通と言う場面で、斜めに桂馬に付ける手に出て、これが好手だったようで佐田先生が時間つなぎを二つ打って、で、結局ふつうに下はねで受けた所で第三の攻め合いが発生。これも黒が制して、白の投了図となりました。

 昭和の人間としては、「大場より急場」と習ったし、自分もそれが良いと確信しているのですが、AIは結構、急場で手を抜いて大ヨセに向かえと指示してきて吃驚しました。高尾解説者も、「この場面で、ここへは眼が向かないですよね」と言っていたので、一人筆者だけの違和感ではなかったようです。

 概して攻め合いになるとAIの形勢判断はアテにならず、最善手の候補もアテにならなくなるようです。AIは割と現ナマを好む傾向があるのは間違いなさそうです。

 でも、中央で石が競り合っていて、手抜くと攻防の関係が入れ替わってしまう場面で手抜いて大ヨセに付くのにはいくら推奨されても同意できないものがあります。

 16日は、もう一つの準決勝。今季初めて二回戦を突破して此処まで来た平田八段が、井山王座に挑戦。冒頭、平田先生が「大谷翔平さんが、今日だけは憧れるのを辞めましょうと言っていましたが、僕にとって井山さんは憧れるのを辞められない存在です」と語ってなるほどと思いました。驚いたことに対戦成績は、平田君の1勝0敗なのだそうです。安田さんも言い間違いではないと繰り返していました(苦笑)。

解説は今回も平成四天王から山下九段です。今年は井山王座が此処まで来てしまって解説できないので、平成四天王で準決勝と決勝を回す編成になっています。

碁の方は意外にも井山王座が白で厚み志向して、平田先生は確定地を随所で確保して薄くなる展開に。結果として上辺から中央を経て右辺までの巨大な白の地模様が出来上がり、これを囲わせても良いのかどうかという形勢判断の問題になりました。

途中まで確定地が好きなAIは黒良しでしたが、地模様が本当に地になりそうになってくると判断逆転。どこかで大きく踏み込む必要があったようです。

最後、下辺を囲う段階でAIが4線まで踏み込むように推奨したのに平田先生は3線で自重。どうもここが敗着だったようです。作ってみれば白の一目半でした。山下解説者は、もっと白が勝っていると思っていたようで、「一目半だったら、ヨセで黒がどこか頑張れば黒にもチャンスがあったみたいですね」とのコメント。

局後、井山王座も下辺の辺りを指して平田先生にコメントしていたので、どうも下辺の踏み込み不足が相場より白に良かったというコメントだったのでしょうか。

この碁の話しは、翌週の千葉会で近藤さんからも出て、「あんな風に囲い合って負けちゃうのはどうなんですかねぇ」と言われていました。その通りだと思うのですが、白の地模様を正確に評価できない人間の判断としては止むを得ないのかもしれません。でも、初決勝を逃したのは平田先生にとっては大いに悔いの残る碁だったかと思います。

 23日は、いよいよ一年の総括、決勝戦です。

 井山王座の決勝登場は、意外にも5年ぶり。余八段は4年ぶり。二人の組合せでは初決勝です。

 対戦成績が、井山の23勝8敗と大きく離れています。番碁で余が井山に勝てないのが原因で、それが余の無冠の帝王に直結しています。

 井山は、向かい小目。星に打って三三に入られるのを嫌っているのかと邪推するほど小目が最近は多いです。

 余は星と小目。で、五手目に井山がダイレクト三三。

 左上から急迫して、大石同士の攻め合いとなり、黒の井山が白の大石を仕留めました。しかし、攻め取りになってしまい、白からは中央のダメ詰めが全部利くように。結果として、白は劫に滅法強くなり、また中央が大いに厚くなりました。

 その状態で今度は下辺で攻め合いとなり、またも非常に急迫しましたが、両者ともに最強の手段を選び、最後は白が左下を丸取りしてしまい形勢が傾き、井山王座の投了図となりました。

 余八段は無冠の帝王を返上し、結城NHK杯以来の関西棋院からのタイトル奪取となりました。

 解説は張栩九段でしたが、いつもより口数が少なかったです。体調不良とは思えませんから、聞き手との相性でしょうか。本来、自分が決勝戦を打っていなければという自負があったかも知れません。