大富豪同心。図書館です。
前の巻の利根川堤防爆破に巻き込まれて記憶喪失となり、濱島に騙されて世直し衆の用心棒にされてしまった美鈴。
今回は、その世直し衆の黒幕である尾張家附家老の坂井主計頭が、幕府弱体化のために将軍に日光社参を勧めます。坂井のライヴァルである甘利備前守は、それを止めようとしますが、将軍は一度言ったことを翻しては沽券に関わると応じてくれません。
もともと若手時代には、坂井の方が武芸も学芸も上手だったと言うので、坂井はどうして甘利などが老中なのかと執念深く追い落としを狙います。
他ならぬ将軍も、どうして先代将軍は甘利を自分に残していったのかと思うこともあると三国屋にぼやくように‥。
すると、徳右衛門は、先代将軍に聞いた話しを教えます。
p192
先代は徳右衛門に告げた。
「主計頭は天下の秀才。本人も己の才覚を自負しておろう。彼の者に問えば、どんな難問でも即座に答える。その切れには、余も舌を巻くほどじゃ」
「では、主計頭様に甘利家を継がせまするか」
「否。甘利家は備前守に継がせる」
「なにゆえにございましょう」
「備前守はうって代わっての凡才じゃ。何を問うても即答できぬ。じゃが、備前守は、おのれにわからぬことは周りの者に尋ねるのじゃ。すると不思議なものでのう、備前守の周りには優れた人士が集まり、あれこれと知恵を集めて良案をまとめあげる。それを備前守は余の許に持ってまいる。
備前守に問うて、答えを誤ったことはない」
「よろしき者たちに支えられておわしまするな」
「主計頭は、己の知能を頼りにして一存でなんでも決めてしまう。時として大きな過ちをしでかす。しかもそのことを主計頭は、決して認めようとはせぬ。彼の者は危うい」
p275
少将は鎖をたぐりながら近づいてくる。幸千代は鎖を振りほどくことができずにいる。少将は勝利を確信した。
と、その瞬間、今度は幸千代が前に跳んだ。鎖で引かれる力に逆らわず、自分から少将に向って跳躍したのだ。
幸千代は刀を握ったまま両手の拳で少将の顔を殴りつけた。拳には鉄の鎖が巻きついている。凄まじい打撃力だ。拳が少将の顔面にめり込んだ。
少将が吹っ飛ぶ。鼻血を噴き、口からは血と折れた歯を吐き出しながら倒れた。
「ま、麿の顔が‥! 麿の麗しき顔が‥!」
「少将、覚悟いたせ!」
いや、本当に長いことしつこく暗躍してきた清少将、ついに最後を迎えました。
p281
女賊は走った。
「三国屋ッ、覚悟!」
刀を振りかざして若旦那に突進する。斬り下ろせば一刀両断にできる。そのはずだった。
しかしここで、女賊は「ハッ」と息を呑んだ。
足が止まった。刀を振り下ろすことができない。
若旦那が突然、失神から覚めて目を開けた。ニッコリと笑みを向けてきた。
「美鈴さん、お帰りなさい」
女賊は息を呑んだ。
「美鈴‥」
「そうです。あなたのお名前です。お帰りなさい美鈴さん。帰ってくるのを待っていましたよ」
女賊の頬を涙が伝った。