「地球へのSF」が良かったので図書館蔵書にあった本作も借りてきました。
ただ、図書館は返却日があるので、「地球へのSF」を追い越して先に読み終わりました。
☆黄金の書物
ドイツ出張の機会が多い主人公が、彼女のオンラインゲーム友達のドイツ在住者と現地であって貴重な古書の輸送を頼まれるという、いかにも胡散臭い話しです。
実は古本の各ページに新開発の麻薬を含浸させていて、ページを食べるとトリップできるというのです。
p26
イギードッグは「本当のこと」を話した。桐箱の中には本当に古書が入っていたが、すべてのページに彼が「マジカル」と呼ぶ幻覚剤が染み込ませてあったこと。わざわざ古書に染み込ませているのは、輸送時の厳重な梱包への違和感をなくすためであること。
〇オネストマスク
ポストコロナではなく、コロナ禍中の話しです。マスクをすることで対人コミニュケーションのニュアンスが損なわれることに目を付けたマスク会社が、本人の感情ををマスク表面に映像として反映する技術を開発しました。これが、本心の表情が見えるオネストマスクです。
主人公はこのマスクを付けたことで逆に会議中に彼女のことを考えて放心していたのがバレてしまい‥。というお話し。
最期は逆に愛想笑いするのが仕事である受付の女の子からマスクに映る表情を制御できるアプリを教えてもらうというオチです。
×透明な街のゲーム
高山羽根子さんです。
コロナ禍で人がいなくなった街を使ったゲームのお話し。と言っても、毎日のお題に沿った街角の風景写真を撮って投稿し、読者投票で順位が決まるという、しごく穏当なゲームです。
穏当な分、盛り上がらないのです。
〇オンライン福男
福男はお正月にご本尊一番乗りを目指して全力疾走するイベントとして有名ですが、コロナで密になれないのでオンライン上でやるという話しです。
年々エスカレートしていき、まるで「SASUKE」みたいな盛り上がりを見せるというのを丁寧に描いています。
×熱夏にもわたしたちは
若木壬生。
コロナで接触が難しくなった時代の出会いを語る掌編。あんまりピンと来ません。
☆献身者たち
国境なき医師団に勤めて紛争地域での感染症対応に奮闘する話しです。
柞刈湯葉先生は本業が生物学研究者だそうで、かなり突っ込んだ話しをされます。
p144
エイズはその危険性にもかかわらず、感染地が貧困国中心で、製薬会社がもうからないからワクチンが開発されない。ネットではまことしやかにそういわれている。もちろんこれは話を単純化しすぎだ。HIVに感染する動物モデルがおらず実験が困難だとか、理由は他にも色々ある。
p150
電力不足。
医療において先進国を途上国と分かつものは、病院設備や公衆衛生よりも、電力が常に供給されると考えていいか、という点に尽きる。先進国で教育を受けた医療スタッフは、「病院の電源が日常的に止まる」という世界を想像することに、相当な脳のリソースを消費するからだ。
〇仮面葬
久しぶりに田舎へ帰った主人公は、至急の金が必要になりジョブマッチングアプリで葬儀の代行参加の仕事をする。この時に被るのが仮面で、クライアントの顔と表情と声が仮面には表示・発声される。
というアイデアだけではストーリーにならないので、なぜ主人公が田舎を棄てたか、参加する葬儀の死者は誰かという所に多少の細工があるのだが、それほど面白くはなっていない。
×砂場
「人生に必要なことは全て幼稚園の砂場で学習した」という本があったが、コロナで砂場遊びができなくなった状況下の砂場をめぐる保護者間の攻防を描いている。
いかにもありそうなマウンティングやいじめの話しなのだが、いじめられる原因としてカバードと呼ばれる直接接触を完全防御した装備をして砂場に遊びに来るというのがあるのが、本作のポイント。
p211
「光学感染って、何ですか? いま、何が起こっているんですか」
リーダー格の母親が、意を決したように訊く。タカギはそれにも笑みで答えた。
「文字通り、見たもので感染する新しいタイプの伝染病ですよ。フジオカ・カズくん、君は毅士君の目の色に驚いたみたいだったけど、何色だったの?」
「は、灰色」
カズは子供用サングラスのつるをしっかり押さえ、しゃくり上げながら教えた。
☆粘膜の接触について
p222
大人になると、全身を覆う特殊な薄い膜を渡される。その膜は感染症対策になると同時に、様々な五感コンテンツをやり取りできるテクノロジーになっている。そんな社会が訪れたら、何が起こるだろう。
本作は接触の官能性に思いを巡らせた一作。
感染症対策のために全身用のコンドームみたいなものを着るようになった近未来。これを着て群衆の中に入ると、その接触五感によってエクスタシーを得られるという設定が洒落ているが意地が悪い。
男性なら初めてコンドームを付けた時、それを付けて挿入して快感を得た時のアナロジーで書かれていることにすぐ気付くだろうが、女性は本作を読んでどのように理解するのか少々興味深い。
p240
そういえば、新型ウィルスは? 薬剤耐性菌は? そんなニュースはもう何年も聞いていなかった。感染症撲滅という当初の目的は、ついに達成されたらしい。それでも誰もスキンを脱いだりしなかった。
×書物は歌う
図書館が小さな古本屋を捕食するという戦慄のシーンがクライマックスだが、残念ながら、それ以外の展開はあまり面白くならない。
×空の幽契
幽契とは、神々同士の約束の事。
猪狄の六覚と、禽人の麒麟の再会の話しであることは判るのだが、それ以外のことは良く判らない話し。
×カタル・ハナル・キユ
まったく未知の文化、音楽、楽器を想像する剛腕の一編なのだが、同様の試みを成功させたヴァンスの「月の蛾」から比べると、全然成功していないと思う。
☆木星風邪
p324
全身にインプラントを埋め込む技術が普及した未来。木星で働く主人公は、とある感染の現場を目撃する。
という趣向なのですが、ほとんどサイボーグのような人間が、咳様の症状を来す病気で、この咳による飛沫感染するという設定。ウィルスの正体は、いわゆるコンピューターウィルスである。
p330
若者が慌てて腕を引っ込めると、2Gの重力に引かれた女性の頭は、腕のあった空間を通り抜けて、鈍い音を立ててタイルに当たった。
p343
GCE-73はもともと、OSの基底層で動作していたメモリ再配置プログラムだった。
利用者が意識して使うアプリケーションや、機器を操作するプログラムが新たな関数を呼び出したり、変数を宣言したりするたびに、メモリの中で使われていない領域を探して、その住所を返すプログラムだ。もしも適切な大きさの領域が空いていなければ、
とびとびに空いている住所を繋ぎ合わせて一つの仮想的な空き領域を作ることもできた。ほとんどアクセスされないデータで埋まっている部分を低速ストレージに避難させることも、メモリに欠損があれば、その部分を使わないように記憶することもできたらしい。
この最後の機能あたりが放射線で変異して、自分自身を複製するコンピューターウィルスに化けてしまったものらしい。
p348
「勘弁してくれよ」
キズナが天を仰ぐ。言いたいことをわかってくれたらしい。
「進化してるって言いたいんだな」
僕は頷いた。
「他の変異は場所取り合戦に負けたんだ。淘汰されているんだよ」
×愛しのダイアナ
データ空間で平和に暮らしていた家族が、娘の親離れに揺れるお話し。なんのことやらわからないかと思うが、実際、なんのことやらわからない。長谷敏司。
☆ドストピア
「ドス」とは、匕首のドスです。
p384
濡れタオルを振り回すスポーツが盛んな世界で、ヤクザが弾圧されている。何を言っているか分からないと思うが、これが本作の概要である。どこにコロナ禍が関係するの、と思った方もいるだろう。実際、本作のストーリーにそこまで大きく関係してくるわけではない。
という解説が付されています。いわゆる怪作の部類に入りますが、案に相違して読んでいると非常にエンターテイニングなのですから、不思議なものです。
p387
「タオリング」-水を含んだタオルの凶器性を競技に持ち込んだ過酷な対戦スポーツである。かつて原磯組はタオリング興行で滋賀の片田舎から全国へと打って出て大成功を収めた。毎年一月四日、五日開催のITGPと真夏の祭典「T1 クライマックス」が興行の二大看板だった。
この設定には笑ってしまいました。
p406
原磯三郎は2122年、地球本星の極東の島国日本、滋賀県八島市望町に、漁師の三男として生まれた。十代半ばで、中世に琵琶湖の漁場を支配した「堅田湖賊」の末裔を名乗る矢守功の子分になった。当時価格高騰を起こして「湖のダイヤ」と呼ばれていた琵琶湖の固有亜種ビワマスの密猟をシステム化し、矢守一家の軍資金確保に大いに貢献した。
中略
やがてメディアは、原磯を「闇の八島市長」、「琵琶湖のゴッドファーザー」と呼ぶようになった。
×後香
吸い込んだ空気から香りを認識するおが前香。
後香は、自身の胃や口腔からの排気臭のことだそうだ。
マレー半島にすむという嗅覚が異常に発達した部族の話しとして立ち上げ、なんとなく騙されたような感じで後香の話しになっていて、なんだか分からない内に終わってしまう。
☆受け継ぐちから
小川一水の遠未来系のお話し。
コヴィッドが猛威を振るう時代のカップルが、跳躍飛行を利用した裏技の停滞飛行で、宇宙船に乗ってウラシマ効果的に未来へ行く話し。思惑通りに治療法が確立された未来へ辿り着くのだが、コヴィッドはどんどん変異して新しいタイプが出てきており、最新型に感染してしまう‥という笑えないお話し。
〇愛の夢
前作に似たような視点。コヴィッドが猛威を振るう中、人類全体で冷凍冬眠に入ってロボットたちに文明を任せて起きてみると、ロボットたちは人間以外の全ての生物と共存し安定した環境を維持することに成功している。これを見た最初の覚醒者である米国大統領は、わたしたちをもう一度眠らせて、地球は君たちがずっと管理してくれと言い残して再び冬眠に入り、愛に満ちた夢を見ることにする‥という楽観的で、それでいて人間不信に満ちた一作。
〇不要不急の断片
北野勇作。
コロナ禍で中止になった、様々な「不要不急の」もろもろを列挙する正にコロナ小説。
コロナでなかったならば‥という最後の想像が、なんと遠く感じられることか。当時の実感を思い起こさせてくれる小品。
☆日本SF大賞の夜
編者である日本SF作家クラブの事務局長であった鬼嶋清美さんの、コロナ禍で中止になった第40回日本SF大賞の贈賞式の顛末を語った実録ドキュメント。
ある意味で、コロナ禍の様々な実感を伝えているという点で前の北野作品と共に非常に共感して読めました。これを巻末に付けたセンスは素晴らしいと思います。