☆地球へのSFを読む

 日本SF作家クラブの編集するアンソロジーの最新作。

〇Rose Malade, Perle Malade
 中国の准南子の話しです。准南王、劉安が、なにゆえに准南子を編もうと考えたから始まります。そして、娘を失うに至るまでの悲しいお話しです。
p16
 左呉は言葉を継いだ。- 正しい統治は正しいおこないに基づき、正しいおこないは正しい智慧に基づきます。すなわちこの宇と宙を知らねばなりません。まずは手近なところで、この大地の大きさと形を求めるのが肝要と思われます。
p23
 彼はひとりごちた。「一理あるな」
 窓外の庭の隅では片目を失った遊興の徒らが同じ白黒の珠を並べて賭博に興じていた。後にこの遊びは囲碁と呼ばれて長安にも広まった。武帝はこれを憎み度々禁じたが左程効果はなく、しばらくして禁令も解かれた。
△独り歩く
 コロナ禍で人々が活動をやめたことで、それまでは検出できなかった微弱振動が検出できるようになったという話しから始まり、国木田独歩の武蔵野の話しに至るという上品な漫談です。
ワタリガラスの墓標
 氷雪を温暖化で失って荒地となった南極大陸ワタリガラスがやってきているという南極の話し。そこに辿り着いた生物を組み合わせて、新しい生態系を作ろうと言う野望を持つ女性バディとの交流。
☆フラワーガール北極へ行く
 白熊の中に人格を移したシロクマビトの新郎と、食肉のためにシロナガスクジラを肥育するためにその中に人格を移した新婦とが、迷考という新婦を略奪するチーム戦のような形式の結婚式を挙げる話し。ぶっとんでいるのだが、どことはなくほっこりさせられるし、魅力的な異世界
☆夏睡
 地球沸騰で夏眠する生物が増えた地球。なので、夏という季節を知らず、秋に目覚めて毎年、春までの半年だけの命を謳歌するような生き方をしている。人間も。
クレオータ
 時間軸も含めた四次元に拡張したエネルギー保存則を利用して、温暖化した地球から小氷期の地球へと熱量を移動して、両方の犠牲者を減らすという一挙両得を考え付き実行する物理学者と気候学者の老カップルの話し。
 ちょっとアシモフの「神々自身」を思い出しました。あちらはパラレルワールド間のエネルギーポンプですが‥、
☆テラリフォーミング
 地球をもとの姿に返すというリフォーミングをAIに育てられた女の子が思いつき行動するお話し。人間信頼のビジョンだと思います。
p178
「私の施設で開発された藻、ズメラルドを放流し地球規模で培養するのが最適だと考えられます。淡水でも海水でも、水温40度を超える環境ではズメラルドの光合成は極めて活発で、他の種の四倍の効率で二酸化炭素を吸収し、酸素を放出します」
☆一万年後のお楽しみ
 風景を撮影すると、その場所の一万年後が再生されるというアプリの話し。一万年後には氷河期が来ていて‥というのだが。
 時間線が逆方向ですが、シルヴァーバーグの「ホークスビル収容所」を思い出しました。
p190
 この「シムフユーチャー」のサービス開始は2028年。
 始まった当初は話題になったが、移り変わりの激しいネット社会ではすぐに忘れ去られた。何よりゲームとして遊べる部分が少なかった。
 まず現在の風景をAIに解析させ、一万年後にどのような変化を遂げるか、というスタートは良かった。リアルタイムで未来の風景が生成されていく感動もあった。
 ただし、方向性が間違っていた。一万年後に氷河期が来るという設定が組み込まれているらしく、出てくるのは崩壊した人類文明の残り滓ばかりだった。
p192
 一万年後の人類は、ユーザーたちから「パッチマン」と呼ばれるようになった。
 僕はパッチマンの第一発見者になったが、それ以前-今から二年半ほど前だ-から一万年後の人類の存在は噂されていた。
p211
 この半年間の「シムフユーチャー」は、まさにプレイバイメールの様相を呈していた。
 僕らユーザーは五大氏族を応援し、彼らが生き残れるように「他氏族との同盟」や「食糧備蓄の拠点確保」といった行動へ誘導する。そのために街中に石板を設置したり、放置された道路の整備を行政に訴えたりと、現実世界で様々なプロットが練られている。
 プロットの結果は、おおもとのマップソフトが更新される度に公開される。そして僕らは「シムフユーチャー」を起動し、未来に訪れる新たな変化に一喜一憂する。
p216
 僕らは、一万年後の誰かに向けて、戦争のやり方を丁寧に解説してしまった。
☆誕生日
 ボトルメールというアプリで、極めて限定された気の合う人と繋がれるという設定。これで繋がった近江八幡の老人と、フランスの少年の交流を描くハートウォーミングな一遍。
 ある日、反射面に地球のホログラムが映り、老人はそれを見て戦時中の米軍の爆撃予告避難勧告ビラを思い出す。少年はその話しを聞いて、万が一のこともあるから避難するようにと奨めてくれる。
アネクメーネ
 またしても地図アプリのお話し。
 今度は地球規模の磁気異常が発生し、これによって大量の方向音痴が発生したというお話し。地図アプリ会社は、遺伝子工学の研究者に特許譲渡を申し入れてくるのですが、なんと人類にも脳内に方位磁石の機能を持つ器官があるので、それを強化した進化を促そうというのです。
☆地球を巡る祖母の回想、あるいは遺言
 上田早百合さんです。
 火星移民の話しなのですが、なぜ火星移民になったかを祖母に聞いたら教えてくれたのですが、非常に殺伐としています。
上田先生らしいディストピアSFで、人間信頼の物語なのですが、エンタメとして読むには、かなり辛いです。
p282
「おばあちゃんは、昔、地球に住んでいたんでしょう。一度くらい帰りたくならないの?」
「ならないね」
「うちのクラスには、中学校を卒業したら地球に住める子がいるの。成績がいいと、大人になるまで待たなくても許可が下りるんだって。ものすごく自慢するんだ」
「地球で暮らすなんて、どうかしているよ」
p288
 でも、一番多かったのは、「仮想体験アプリに使う感覚を採取させてくれ」って依頼だ。体中にセンサーをつけ、制作会社の下請けで働く大人の言いなりになって、いろんな演技をする。そのときの脳神経細胞の発火パターン、体温の上昇や発汗のデータ、つまり全身の反応データがすべて売り物になった。採取されたデータはユーザーが心地よくなれるレベルに調整され、仮想体験アプリの疑似感覚を形成するデータセットとして販売された。
p290
 通達にはこうあった。政府が使っている高機能社会分析AIの計算結果によると、我が家の生活水準はこれからも向上せず、どうかすると下回っていくだけだという。日常生活を送るだけで吸いあげられる私たちの個人情報、それをもとに分析される個人の資質などを併せて判断すると、我が家の人間は、将来もれなく全員が犯罪に手を染める可能性が高いと指摘されていた。行き詰ったとき、心中や自死を選ぶのではなく、法に背いてでも生き延びようとする性質を持った人間の集まりだと。
p293
 強制埋め込み措置が始まると、私は盛り場の友達を誘って町から逃げ出した。携帯端末を持ち歩くと居場所を突き止められてしまう。どこかで捨てるしかなかった。それは、あらゆる情報と認証と決済を放棄することを意味した。
 みんな、わかっていた。本当の逃げ場など、もはやこの世にはないのだと。それでも行動せずにはいられなかった。

 児童福祉施設へ運ばれ、市役所の人が私たちに人生の選択肢について教えてくれた。
 地球で暮らすのが嫌なら火星移民という選択肢があると。火星は開拓初期の状態にあり、未知のトラブルを現場の裁量だけで回す必要があった。だから、地球よりも人間の精神の自由が許されていたんだ。勿論、火星でも生活管理デバイスの導入は必須だ。宇宙放射線や火星の厳しい環境から身を守るために。ただ、当時は例外的に、デバイスによる思考制御が、ほとんど行われていない土地だったんだ。

 私は宇宙開発なんか、ちっとも興味がなかった。火星に夢があるなんて、ちゃんちゃらおかしいと思ってた。ただ、まっさらな場所へ行きたいとは願っていた。
p300
 祖母は有罪判決を受けた。寝たきりの状態で、警察病院から自宅へ戻ってきた。
 意識はあったが言葉を喋らず、誰とも視線を合わせない。二カ月ほど経ってから呼吸不全で自宅で死去した。
p301
 ただ、ひとつだけ気づいたことがある。こうやって祖母を想い続けられるのは、あたしの体内にある生活管理デバイスが、思考を制御できていない可能性がとても高いということだ。
 訪問するたびに、祖母があたしのデバイスに密かに侵入しプログラムを少しずつ書き替えていたのだとしたら-。
〇持ち出し許可
 生態系テーマ4作品の頭。
 紅玉ガエルを捜し続けている主人公と友人。その前に突然あらわれたエゾオオカミの姿をした宇宙人。エゾオオカミは、二人に紅玉ガエルは絶滅したと宣言してくれと頼む。絶滅した種であれば、保護再生のために持ち出すことができるという銀河の法律なのだそうだ。というお話し。
 最期には心配なら二人にも付いてきて良いと言ってくれるのですが、それって人類も絶滅しちゃうということ?と気付いて反論し揉めることに。
p319
「紅玉カエルは進化の過程で毒を身に付けた。だから捕食者を恐れずに出てくるんだけど、それだと今後は紅玉カエルだけが大繁殖しそうなものだよな?」
「うん、でもそうはなってないね、なんで?」
「毒に耐える捕食者が出たから」
 栄えている種を捕食できれば餌に困らない。だから有毒な種を特に狙って捕食する種が出ることがある。紅玉カエルの場合はキリゲラというキツツキ科の鳥がその地位に収まっていた。

〇鮭はどこへ消えた?
 シロサケが絶滅して久しい温暖化した地球。
 そんな状況下で遺伝子バンクに保管されていたシロサケの卵を放流して十年後に、それが川を遡上してくるのを待ち伏せして料理して食おうというお話し。
 サケが生まれた川を見つけられるのは、嗅覚によるというのが定説だが、大海に希釈された川の水の匂いを嗅ぎ分けられるはずは‥という疑問。
「‥。磁界といえば、カレンさんは渡り鳥が島から島へ、大陸から大陸へ、航路計算もせずに正確に渡れる理由をご存じですか?」
地磁気を感じ取る機能がどうこう‥って話だったか」
「そう。ただ実際は地磁気を感じ取る能力はサブシステムのようです。渡り鳥の視覚領域‥脳神経系の量子コンパスが長距離飛行のために欠かせない」
「量子コンパス?」
「コンパスというのは人間の道具に喩えた表現ですが、要は視覚に属する機能です。天体の位置、地上や海の情景、視覚が捉えた情報の大半は意識されない。しかし捨てられたわけでもない。取得された意識外の膨大な資格情報を脳が処理し、渡り鳥は何となく正しい航路を必ず選択できる」

「かつては鮭に特別な嗅覚があり孵化した時の河川の匂いを記憶することで、どれだけ外洋まで出て行っても戻ってこられると考えられていた。
 ですが、匂いの分子を数千kmも離れた外洋で嗅ぎ取れるはずがない。よって嗅覚はサブシステム、これに地磁気センサーを加え、量子コンパスが主たる母川回帰の航路測定機能を果たしている。根拠がないわけではありません。酒は冷たい水を好む魚ですが、かれらが暮らすのは表層海水という太陽の光が届く水深です。それはつまり水中に届く太陽光を利用しているからとは考えられませんか」
☆竜は災いに棲みつく
 春暮康一。
 ADS(Anti Disaster Seibutu)の話しです。
 三匹出てきますが、最初のもの(伏臓龍)は噴火が予想される火山のマグマの中に巣くって、マグマを体内に取り込んで火山性ガスを吸着して排出し、噴火時期を遅延させる機能を持っています。
 マグマの中に棲んでいて、マグマの中で口を開ける描写を見て、これを思い出しました。

 エヴァンゲリオンの「マグマダイバー」に登場した第八使途サンダルフォンです。
p372
 その生物は液相岩石の海を潜航しながら、長い体躯の節点ごとに埋め込まれた声帯から、音響ビームの咆哮を繰り出している。
 地殻内に閉ざされた溶融岩石には常に巨大な圧力がのしかかっていて、その中で身体構造を保ち遊泳するためには高い耐熱性と剛性、そして運動器官の大きな仕事率が要求される。その巨獣にはすべてが必要なだけ与えられていた。
 アルゴリズムに促されるまま、巨獣は大きな口を開いた。溶融岩石は巨獣の外側を流れるだけでなく、内側をも流れはじめた。口腔から尾の先まで伸びる腸管がマグマに満たされ、巨獣は位相幾何学的なトーラス、長大な吹き流しと化す。
p390
 一瞥の先、イエローストーンの地底では、ADS-01「伏蔵龍」がマグマを呑み、破局的な噴火の引き金となる火山ガスを濾しとり続けている。
 二匹目(ムチャリンダ)は、熱帯低気圧に巣くい、上昇する水蒸気を吸収して海底に送り戻して巨大台風やハリケーンの成長を抑止します。
 三匹目(大己貴)は、断層界面に巣くい、その界面の摩擦係数を動摩擦係数>静摩擦係数に変化させるものです。摩擦現象は経験でわかる通り、物が静止している時が抵抗最大で、動き出すと急に軽くなります。それを逆転させ、少しの力でも界面がずるようにするという能力です。これによって活断層に蓄えられた歪みをゆるやかに解消して来るべき大地震を未然に防ぐという能力です。
 こうした災害予防能力を持つ生物を開発し、適切な場所に送り込む部隊の活躍を描くハードSFです。
☆ソイルメーカーは歩みを止めない
 移動するミニ生態系とも言うべきソイルメーカーは砂漠化した地球を旅して砂を採集して土を作ることで地球を再生する役割を担っています。
 人類は、このソイルメーカーを量産して地上に放ち、その管理をするための乗員として猿を知性化して保守能力を持たせて乗員としました。
 その乗員の猿たちの物語ですが、ソイルメーカー同士が生殖するために合流するタイミングでしか猿たちも他のソイルメーカーと交流する機会がなく、そのタイミングでパートナーを探さねばならないという設定です。
 移動する生態系という意味では、プリーストの「逆転都市」や、リーヴスの「移動都市」を連想させます。けれども、ソイルメーカーはずっと人間の自己中心的な思惑で作られており、猿たちには同情を禁じ得ません。
p402
 ソイルメーカーは、形だけで言えば巨大な昆虫のようなものだ。大きな四枚の羽根に六本の脚のある幅広の胴体。小さな頭にはシダの葉のような触角がある。けれど似ているのはそこまでだ。胴体の背中側一面に生えている共生樹はまるで森のようだったし、胴体を貫く共生樹の根は、何百本もの気根になって胴体の下に伸びている。
p406
 私は、アワンから教えられたことを思い出していた。失われた森を取り戻すために、ニンゲンはソイルメーカーを作ったという。
×砂を渡る男
 アルジェリアリビア国境の砂漠を旅する男と、そのガイドの話しです。
 この地の砂に微細なダイヤモンドが含まれているのを濾しとるという経済行為を描いた短編です。ちょっと話しが見えにくすぎでしょうか。
p444
「ダイヤだ」とアトマンが言った。「この土地の砂には微細なダイヤモンドが相当量混ざり込んでる。ダイヤは振動エネルギーの量子を一定時間閉じ込めておけるから、彼らの聖地表面の量子もつれを強固に保持できるに違いない。これは存外大事なことだ。三次元空間の大きさと相関するのは、二次元境界面のもつれの強さだからだ。もつれが強固であればあるほど、操れる空間領域も大きく強くなっていく」
×安息日の主
 グレッグ・ベアの「鏖戦(おうせん)」を思わせる奇怪な生態系同士の交戦譚。
 これも判りにくすぎます。
☆壺中天
 地球空洞説の話し。地球空洞説を最初に理論的に証明したのは、彼のポアンカレだという奇想。数学の学会でこの話しをしていくのですが、座長がなんとライプニッツで、彼はポアンカレよりも前に同じ証明に直感的に辿り着いていたという。
 エンディングに、クラークの「十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない」が出てきてにやりとさせられます。
 地球空洞説好きなので☆を付けましたが、ちょっと趣味に走りすぎでしょうか。
ポアンカレ博士」
 有能なる助手アナスタシア・コバヤシが補足する。
「フランスの数学者、科学者。トポロジーの確立者であり、名高いポアンカレ予想の提出者として知られる」
p497
クラインの壺は向き付けのできない閉曲面。シームレスに外部と内部が接続した世界。ただし、ご承知のようにこの図は射影による模型図であり、三次元ユークリッド空間では実現できません。しかし四次元空間に埋め込み、一部をt軸方向に移動させることで実現が可能です」

〇我が谷は紅なりき
 核戦争で禁星と呼ばれるようになった地球から移住した民族の話しです。
 禁星の地下で変異を遂げた獣(人類)を抹消するための使命について、役割分担を相談するという話しです。
 非常に後味の良くない話しです。
p517
「棟梁たるものが迂闊であった、すまぬ。しかし、移住する先が禁星ではまずかろう」
「そうでもありませぬ。古世記に記されております。現世のものは力を付けるまで帰還を禁ズ。それ故の禁星でございます。力を付けたいま、禁星は約束の土地、約星になりましょう」
×バルトアンデルスの音楽
 地球深部の研究のために掘られたリグから聞こえてくる規則性のない「地球の音楽」が、一世を風靡するお話しです。
 やがて、この音楽を愛聴する人の体の一部が楽器に変容していく奇病が蔓延し始めます。
 この「地球の音楽」をプロモーションした穴掘り屋の最期を描く短編です。
 途中までは奇想系として面白く読めるのですが、最後は割と後味の悪い作品です。
p539
 地球深部の構造調査を目的としてツンドラの大地をひたすら鉛直に掘削していた旧ソ連の科学調査チームが、地表から12.2kmの深さまでドリルリグを突き立てたところで地下空洞を発見した。空洞が存在すること自体驚きだったが、各種の観測装置を降ろした結果、チームは更に驚嘆させられた。温度は1000℃に達し、幾千万もの人間が苦痛に苛まれた叫び声が聞こえたのである。地の底には、地獄が実在したのだ。
〇キング 博物館惑星余話
 菅浩江さんの博物館惑星シリーズは、ご縁がなくて読んだことがありません。そんな状況で余話だけ読んだのですが、なかなか味がありました。
 博物館惑星の遠隔操作筐体を操作してガイドを務めているキングという男にガイドを頼むことになった主人公の出会いのお話し。
☆独我地理学
 巻末は円城塔です。
 われわれの住んでいる世界は、丸いのか平らなのかの論争。どこかで聞いたような話しなのですが、この作品世界では丸い側が優勢です。月食の影が丸いことが有力な証拠とされています。
 で、地球が丸いとすると、一周すると同じ地点に還ってくるはずなのですが、どうもそうならない。なので、いつまでも平らだという説を唱える勢力がいなくならない‥というお話し。
 現に旅行者の実績に基づく地図では、南北の距離に比べて東西の距離が異常に長いというのです。
 で、登場したのが東西方向には世界は高次元的に折りたたまれていて、見る人、旅する人の主観に合わせて展開されるという怪説。
 なので、同じ地点には幾層もの世界が重畳しているというのです。
 だとすると、たとえば気球で垂直上昇して降りてくると、どうやって同じ地点に戻れるのだろうか?という疑問に。もっと端的な矛盾として、同じ地点に重畳しているそれぞれの世界から同時に気球で垂直上昇して上空で遭遇すると、彼らは下にどちらの世界を見ているのだろうか? また、一緒に下降していくとどこへ降りるのだろうか? という疑問が。主人公は、これは認識の問題であり、認識が成立した時点で見える世界も降りる地点も決まるのだという仮説を立てますが、だとすると地上にいても認識さえ変えることができれば、同じ地点に重畳している別の場所(?)へ行けるのではないかということに。
 まぁ、なんとなくゼノンの逆理の説明を聞いているような居心地の悪さを覚えますが、どこがどう間違っているのか上手く指摘できません。
 そもそも東西方向の距離が異常に長いというファクトが実在するはずはないのですが、読んでいるとなんとなく騙されてしまって、狐につままれたようです。
p608
「台地が球体であるか、丸いのかどちらかだとふつう考える」
 台地が球体であるという主張の根拠は強固で、平面説の分は悪い。

 もともと本書は「ゲームの王国」よりも前に読み始めていて、本書をトリガーに彼の本を図書館で借りてきて期限があるので先に読み終わりました。これもなんとなく円城作品みたいな視点のズレの話しで読んでいる方は判りにくいかもしれません。