図書館です。
前の巻が素晴らしかったのですが、いろいろな事情の積み重ねで、すっかり間が開いてしまいました。
若君の代わりに英才教育を受ける卯之吉。
p26
「本日はあるきめんですの算法をご進講申しあげまする」
「あるきめんです?」
「さて若君様。こちらに小判をご用意いたしました。この小判は、実を申せば純金ではございませぬ。銀が混ぜられておりまする。さて、どれぐらいの割合で銀が混ざっているのか、お分かりになりましょうか」
一方、卯之吉の代わりに同心としてバリバリ働く若君。
p54
「あっしの子分どもが聞き込んできた話だと、東中町と森田町に出やがったようですぜ」
幸千代がうむと頷いて地図に筆を入れた。
幸千代の背後から銀八が覗き込んで言う。
「なんだか、一本の線で繋がるみたいでげすよ?」
病の床にある将軍様を診察することになる卯之吉
p108
「‥侍医の雪斎か」
将軍は起きていた。息が苦しくて眠りにつくこともできないらしい。
「そちは知らぬ顔だな。何者じゃ」
「畏れながら、こちらにおわしまするは、上様の弟君幸千代様にございまする」
「なんじゃと」
その男はヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべていた。
「お初にお目にかかります。ええとですね、こちらの先生はあたしの蘭学のお師匠様なんですが、なんと上様の御殿医で、今夜ご登城して宿直をお務めなさると聞いたものでしてね、どうしても上様のお顔を拝謁したくなって、ついてきちゃったんですよ」
今回の陰謀では、偽小判で通貨不安を引き起こして米価を上げる絡繰りなのですが、なんと商業の統制も町奉行所の仕事だとは知りませんでした。
p144
南町奉行所の内与力、沢田彦太郎がすさまじい形相で畳廊下を渡ってきた。
本田出雲守の用部屋に入る。正座すると平伏し、息もつかず言上した。
「米価の値上がりが止まりませぬ!米問屋に対し、数日間の立用、すなわち取引の停止をお命じくださいまするよう、進言仕りまする!
放置いたせば、貧しき庶民には買い求めることのできぬ値段となりまする。飢えて窮した町人が打ち毀しを始めましょうぞ」
「打ち毀しじゃと? 上様のご病床にまで市中の喧騒が聞こえるようなことがあってはならぬ」
「まさしく天下の一大事」
「だが、米問屋を止めることはできぬ
先手を打たれた。富士島の局が『上様のご下命』とのたまって、米問屋を閉めることは許さぬと-申しつけてまいったのだ」
「それは‥まことに上様のお言葉なのでございましょうか!」
クライマックスでは同心たちが富士島配下の旗本たちを取り締まろうと突入しますが、
p288
「町方は引けィ!われらは直参旗本! 町奉行所の詮議を受ける謂れはないッ」
「この期に及んで、まだ旗本風を吹かすつもりかッ」
その時であった。幸千代が前に踏み出してきた。
「我は将軍家舎弟、幸千代であるッ。将軍家よりのご下命を言い渡す
上様のご下命により、この幸千代が不逞旗本退治を仰せつかったッ。上様に代わりて南町奉行所の者どもに命ずる!悪党どもを捕縛せよッ。容赦はいらぬ!」
シリーズで初めて、まさかの人が立ち回りを演じました。かっこいい!
p293
「江戸の町娘を騙るんじゃあないよ。あんたみたいな性悪女に江戸の町娘を名乗られたら、おおいに迷惑ってもんさ」
外から威勢の良い啖呵が聞こえてきた。
「誰だっ」
菊野が座敷に入ってくる。
「あたしゃ深川芸者の聞くのって者さ。多くの御殿女中と深川芸者は江戸の娘たちの憧れだ。あたしら芸者は娘さんたちをがっかりさせねぇように、心の張りを第一にお座敷を務めてる」
「だから、なんだってんだいッ」
「娘たちの憧れのもう片割れの御殿女中に無様な真似を晒されたんじゃァ、黙っちゃいられないのさ! 女のあたしがケリをつけてやる!」
菊野は木立をビユッと構えた。
「深川芸者と大奥女中、どっちが上か、勝負だよ!」
「しゃらくさいね!」
お藤も懐剣を抜いた。キッと睨みつけ、菊野を目掛けて斬りつけた。菊野は華麗によける。長い袖が蝶の羽根のように広がった。菊野がお藤の脛を蹴る。「あっ」と叫んでお藤は転ぶ。菊野は馬乗りになって小太刀を突き出す。お藤の顔のすぐ横の畳にグサッと刺さった。
「顔だけは傷つけないでおくれ‥! 綺麗な顔のままで死にたいんだ!」
最期は菊野が奪った鍵で蔵を開けて真琴姫を救出、そして。
p300
「あなた様も同心様。真琴姫を助けに行かずともよかったのですか」
「お姫様は皆で助けるから大丈夫ですよ。あたし一人ぐらいは、美鈴様を助けにゆかないとねぇ」
卯之吉はにっこり笑った。
美鈴はいろんな感情がこみあげてきて自分でも長駅r亡くなり、卯之吉にしがみついて泣いた。
悪党を退治した若君は、すっかり同心家業が板についてきて
p305
「そこでじゃ。わしは同心を続けようと思う。住吉屋藤右衛門の悪だくみはついえたが、世に悪党の種は尽きぬ。江戸の町を将軍の弟としてわしが守護する。一同、作用に心得よ」
だが村田も尾上も玉木も低頭しようとはしなかった。
「なんじゃ。不承知か」
村田が代表して答える。
「いかにも不承知。
しからば申し上げまする。仰せの通りに、世に悪党の尽きることはございませぬ。我らは日夜奔走しておりまするが人手が足りず、荒海一家のごとき侠客の力まで借りるありさま」
「しからば、なにゆえかくも多くの悪党が跳梁跋扈するのか、その大本をお考えくださいませ。悪党どもは貧しき者ども。貧しい家に生まれ、貧しく育ったがゆえに読み書き算盤も教えてもらえず、それゆえに商人、職人などの正業に就くことも叶わず、飢えと貧しさに耐えかねて悪の道に手を染めまする。我ら、町奉行所の役人は、悪の道に堕ちた悪党どもを捕らえ、成敗することはできまする。ですが、人が悪の道に堕ちてくることを防ぐことはできませぬ。若君様!
ですが、あなた様ならばおできになられまする!」
やがて幸千代は大きく息を吐いた。
「そのほうの申すこと、もっともじゃ。諫言、身に染みたぞ。いかにもわしの心得違いであった。
やはり、そなたはわしの上役じゃ。これからも、わしの振る舞いに至らぬところがあれば、厳しく叱ってくれ」
「ありがたきお言葉にございまする」