青玉獅子香炉を読む

 図書館です。文庫ではなく、全集本です。

 表題作は、陳舜臣先生の直木賞受賞作です。

☆青玉獅子香炉

 清朝末期には、宮廷の宦官たちが、小遣い稼ぎに故宮の秘宝を持ち出して英米仏に売却していたという。宝物殿の点呼(棚卸)があるので、代わりに出来の良くない贋作を調達して置いておいたというお話し。

 本作では、宝玉職人の一番弟子が主人公で、師匠の所に贋作と本物の写真を持ってきて、バレないくらい出来の良い贋作を改めて作って欲しいと依頼される。

 しかし、既に技術の衰えを自覚していた師匠は、その仕事を主人公に任せてくれた。

 と言うことで、故宮宝物殿でも一二を争う宝玉の模造品を作ることになる。師匠は良い宝玉は彫る技術だけでなく、毎晩それを抱いて寝る美女の精を吸い込んで輝きを増すと主張。弟子の作成中の宝玉を毎晩、自分の美人妻に抱いて眠らせる。果せるかな、師匠の主張通りに宝玉は見事な輝きを持つ出来栄えとなり、依頼主も主人公も満足する。

 やがて、日本軍が満州に侵攻してきて、故宮の宝物はまず宝鶏に疎開することに。疎開させるのは故宮宝物の中でも選りすぐりのものだけ。主人公は自分の最高傑作が、その中に選ばれるかドキドキしていたが、宝物の点呼を取った専門家は新玉(年代の新しい宝玉)の中では飛び切りの出来栄えであるとして選んでくれた。

 主人公は疎開の付添人として宝玉と共に宝鶏に行くことにした。

 やがて宝鶏にも戦火が及んでくると、宝物はさらに四川の奥地へと再疎開することに。主人公も宝玉について四川へと向かう。

 連合軍が勝利して故宮へと宝物を戻すにあたって、疎開で世話になった四川の人たちのために特別展を催すことになり、件の宝玉も疎開開始以来、初めて箱の封を開帳することになった。ところが、そこにあったのは出来の悪い模造品であった。

 主人公はずっと自分の最高傑作だと信じて、模造品を守って疎開の旅路を共にしてきていたのだった。主人公は、自分のライヴァルが自分の最高傑作をアメリカに売ったのだと推理して、師匠の妻と再婚したライヴァルの元を訪ねて本物(?)の行方を探し出す。

 ついに発見した彼の作品は再び故宮へと収蔵され、故宮宝物展で本物として世界を旅することになる。その説明には、「これと非常によく似た作品がワシントンの個人のコレクションに含まれているが、こちらが本物であろうと推定される」。ワシントンのコレクションに含まれている物こそは、宦官が最初に売り渡した本物なのですが、ついには彼の傑作は本物を否定して本物になってしまったのです。

 というお話しです。

 ちょうど「太平天国」を読んだばかりのタイミングで読むと、清朝故宮の宝物の遍歴には非常に思う所ありました。

 ただ、本作が選ばれた第60回直木賞の選評はこちら。

直木賞-選評の概要-第60回|直木賞のすべて

 詳細は読んでいただければよいのですが、海音寺先生ははっきりこう書いています。「この作者のものとしては、これはそうよいものではない。」

 以前に大森先生の文学賞メッタ斬りで、「直木賞はあげるタイミングがおかしい」と看破されていましたが、陳先生への授賞もタイミングを失したものだと良くわかります。

〇大南営

 軽い密室ミステリーです。

 大南営は、台地の上にある大規模兵営で、同じような建物が多数ずらりと並んでいて、どれがどれやら見分けがつかないという施設だそうです。そのことを利用した、割と簡単な手妻です。

〇方壺園

 唐代の密室ミステリーです。

 方壺園は、壺状の盆地の底に作られた四阿を改装した進入困難な外壁を持つ建屋です。

 こちらは少し手が込んでいて、登れない壁をどうやって登ったかと言うトリックの謎解きになっています。

スマトラに沈む

 かつてスマトラで従軍したことのある大津は、その地で行方不明になった急進左翼作家の郁達夫の消息について心当たりのありそうな人々の話しを聞いて回る。

 ミステリー色はなく、純然たる戦後の戦史探訪の一編。

 意外なほどに味があって良い作品で、今回読んだ範囲では、集中で表題作の次に良いと思った。

☆九雷渓

 F新聞の上海特派員の高見は、九雷渓のほとりにある仙営へ来た。

 白皙の革命家、史鉄峯が政府軍につかまったと言うのだ。かつて、彼は鉄峯の作品を和訳したことがあるのだった。

 という設定で、囚われの鉄峯に逢うまでを息の長い文章で丁寧に書いていきます。

 そこまでは、全然ミステリー色がないのですが、鉄峯の処刑前日に鉄峯護衛に付いていた張上尉が死体で発見されます。

 張は鉄峯を騙して捕えた人物で、鉄峯は恨んでいましたが、処刑されるまで生きていられるかどうかという結核の末期の彼に現役の士官を殺せたりするのでしょうか?

p174

「思わぬところで、手がかりをつかまれたわけですね」と羅淑芳はいった。彼女は高見の顔から目をはなさず「それから?」とさきを促した。

「あの縄は、いちどはずして、あとで素人がしばり直したのだと思いました。はずしたというのは、当然、なにかに使うためだったのでしょう。そこで、なにに使ったかを考えてみたわけです」

「で、おわかりになりまして?」

 

 と看護婦の羅と高見の間の会話で謎解きがされます。

 今回読んだ中では、ミステリーとしてはこれが一番良かったです。