寡聞にして、こういうアンソロジーがあることを知りませんでした。図書館。
〇したのか家康
かの神君家康公が最大の窮地、三方ヶ原において脱糞したかどうかを伏見城の留守居を引き受けた鳥居元忠が最後の強襲があるであろう前夜に部下に語って聞かせるという。
「どうする家康」の音尾琢真を想定して書かれていることは自明。作者もそう明言しています。
〇母でなし
「人でなし」ならぬ母でなしです。
伊達政宗の生母である義姫が、折り合いの悪い残忍な実の息子政宗に毒を盛って殺そうとする話しです。殺そうとする人にも殺されそうになる人にも、それぞれ実の母子としての思いがあるので、非常に重い。とばっちりを受けて政宗に殺されてしまう次子の小次郎が不憫でなりません。
この伊達家騒動は、「独眼竜政宗」でジェームス三木も扱ったと言いますから知名度高いのですね。寡聞にして存じ上げませんでした。
〇山茶花の人
人気の高い直江兼続が上杉家のためには冷酷な決断をしてきたことを描く、新発田重家の乱で新発田の真の姿を知った上杉方の由良勝三郎の視点で描きます。
直江兼続が上杉家にとって忠臣であるということは、上杉家のためにならぬ者に対しては苛烈な処断を敢えて積極的にしたということでもあるという、言われてみれば否定できない事実を突きつける一作です。
×供米
友なる詩人、小此木春雪が死に、未亡人がその遺稿を出版して金にしたと聞き中津川の春雪亭を訪れる話し。未亡人が遺稿を出版したのは金のためではなく‥というホラーになって終ります。本作を集中の白眉とするレビューをamazonで見ましたが、なるほどホラーや異形ものが好きな人には意外な掘出物かと思います。
△遣唐使船は西へ
国立科学博物館の展示を見て思いついたのだそうです。
嵐で同伴船団とはぐれてしまった遣唐使船の4番艦。飢餓に苦しめられる船上でお坊様が他殺体で発見されるというミステリー。しかし、入口には弟子がずっといたとのことで、一種の密室です。
ミステリーとしてスカッと解かれる訳でもなく、エンディングはこれもちょっとホラーっぽく、後味の良くない感じ。
〇証母
賤ケ岳戦役で神戸信孝が信雄に包囲されて生母を証人に差し出す話しです。
それだけのことなのですが、生母の千代が信長の勘気を受けて絶縁していた間柄であることから話しは少しややこしくなっています。
これを読むと、GJの賤ケ岳戦役を久しぶりにプレイしたくなりますね。
☆凡凡衣裳
江戸の三座の役者は、大きな役が付くとここぞとばかり自前で派手な衣装をこしらえたのだそうです。この辺りは大富豪同心の由利之丞がいつも卯之吉に金を無心に来ることからも判ります。
本作では衣装屋の方で師匠について修行中で自分の腕に自信のあるお辰が主人公。お辰は衣裳のデザインから任されたいと思っており自分には実力があると思っていますが、誰も頼んでくれませんし師匠もそういう仕事は回してくれません。そんなある日、ついに師匠が仕事を回してくれたのですが、その役者は中通りに上がったばかりでお辰と同じように実力はないが自信だけあるタイプでした。
お辰はこの仕事をやっていく中で自分の何が問題なのかをようやく悟ります。衣装は出来上がりましたが、生憎と衣装を着たまま帰った役者は追剥にあって殺され衣装は奪われてしまいます。
☆奈辺
1741年にニューヨークにあった黒人を受け入れる居酒屋で起きた騒動について、実は緑色の肌のエイリアンの宇宙船が墜落してきたせいだというファーストコンタクトSFにしてしまった斜線堂のSFマガジン掲載作品です。これを時代小説のアンソロジーに取るというセンスが凄いです。
緑の肌のエイリアンから見れば、肌の白い黒いでいがみあうのは愚かしく見えるであろうというのは推測が付きますが、そこからもう一捻りあります。
☆遠輪廻
陰陽師トリビュートに寄稿された一作。
そういう意味では奈辺ともどもSF畑に近い所の出自となります。
応仁の大乱末期の荒れた都に鬼が現れ、内裏へ案内せいと言うのですが現在の仮内裏に案内しても「ここではない」と言って連歌の発句をして消え去ります。
連歌を始めたのだからいずれまた現れるだろうと、陰陽師の血筋の者を訪ねて勘解由小路在昌に行き当たります。
連歌の準備を整えて鬼を迎え、発句と挙句で輪廻するという遠輪廻によって鬼を連歌の中に封印してしまうという趣向です。
陰陽師の独特のロジックで鬼を封じる話しで面白く読めました。