チェコSF短編小説集1を読む

 寡聞にして、このような企画が平凡社であったとは知りませんでした。図書館。

 1というからには2がある訳で、無事に出版されているようですが図書館蔵書になし。うーむ、リクエストしておこうかしら。
オーストリアの税関
 ヤロスラフ・ハシェク
 軽快なショートショートです。交通事故にあって、ほとんど全身サイボーグになった主人公が税関で引っ掛かる話し。シュールですが、一級品のSF落語です。
p12
 元の体で何かしら残っていたのは、脳味噌が一かけ、胃のどこか、約15キロの筋肉、半リットルの血だけで、あとは得体のしれないものばかり。
p14
 税関官吏はきわめて几帳面で、職務に忠実なお方だった。
「まずですね、証明書によると後頭部の頭蓋骨の代わりに銀のコンロの天板を使っていますね。純度検証極印がありませんから、12個ルナの罰金を払わなければなりません。銀は120グラムで、純度検証極印のないのを承知で運びこもうとしたわけですから、関税規定946条の税率Ⅵと税率Ⅷbに基づいて罰金は3倍になります。つまり、36コルナです」
〇再教育された人々
 ヤン・バルダ。子供たちを生母から引きはがして国家で養育する体制が定着している国家では、そうした旧来の親子関係を描写した全ての小説や映画も禁書されている。そんな社会で旧来の親子関係の本を見つけて隠匿しつつ限られた同志と共有していた人を裁判で死刑にするという話しです。
p18
 ファシスト的な特徴を持つ社会主義体制が勝利した世界が描写されている。以前の時代を思い出すものは、あらゆる文学作品を含めて一切破棄されている。伝統的な家族も破壊され、子供は母親から引き離され、養育施設に預けられるのだ。そのような環境下で、禁止されている古い時代の書物を発見したことがいかなる混乱を引き起こしたかが綴られる。しかしふたりとも国家警察に逮捕され、死刑判決を受ける。この部分が今回の抜粋部分である。

 と言うことで、最悪の部分だけの抜粋で、世界についての理解が進んでいく過程の妙味がないので、そこは読んでいて今一つ。しかし、これを読むと社会主義国の人々が自分たちの社会体制にどういう不信を抱いているのかが伝わってくるような気がします。
〇大洪水
 世界に名高いカレル・チャペックチェコのSF賞はカレル・チャペック賞というのだそうです。本書もその受賞作アンソロジーらしいです。
p47
 当時、キルヒネルさんだかベズーチェクさんだかそんな名の老人がいました。年金暮らしの身で考古学を始め、常にどこかで先史時代の遺跡を探し回っていました。
p51
 後年、人類が再び繫栄し始めると、キルヒネルさんだかベズーチェクさんだかがどうやって大洪水を生き延びたのか、新しい人々は首をひねりました。本人に尋ねると、氏は目をまるくしてこういいました。「洪水? まったく知らん。あの時分は無知なオンドレイチェクを打ち負かしてやろうとしていたからね。だっていいかね。あの無知ときたら、わしのルーン文字にけちをつけたんですよ!」
裏目に出た発明
 ヨゼフ・ネズヴァドバです。
 筆者が初めてネズヴァドバに逢ったのは、ウォルハイム&カーのワールズベストSFの第一集でした。ワールズを名乗ったので英米以外の作品をなんとか入れようとした苦心の選択だったかと思いますが、60年代チェコSFの主力作家という評価のようです。
 工場のオートメーション化を実現した主人公が、その実績をベースに研究所長の地位と超高額のボーナスを要求する話しです。しかし、オートメーション化により製品の価格が暴落しほとんど無料に。一方、人々は失業しほぼ無収入に。かくて、国の運営する無人工場からの無償配給で誰もが生きる世界となり、ついには通貨が廃止されてしまうというトールテイルです。
 これを社会主義の国の人が発想して書くというのが、いろいろと考えさせられます。
〇デセプション・ベイの化け物
 ネズヴァドバと並ぶ同時代のヒットメイカーだそうです。ソウチェク。聞いたことがありませんでした。
 ソビエトの月起動周遊帰還計画を察知して、急遽、火星着陸を目指すNASAの宇宙飛行士訓練の話しです。その訓練で上層部が本物の火星人が登場する演習任務を用意して訓練者たちを騙す‥という話しが、なんと遭遇したのは本物のエイリアンで、訓練中に戦死者が出てしまいます。
 米ソの宇宙競争を揶揄する風刺作品ですが、その過程でのNASAの訓練のやり方に対する悪意ある描写が目立ちます。往時のチェコでは、アメリカのことはこういう風に描かないと出版できなかったのでしょうか。
p110
 2キロ先のゴンドラの上に奇妙な立方体があり、側面の壁から斜め上にドリルがにょきっと生えている。くるくる色を変え、暗い紫色から明るい桃色まで虹色に移り変わり、真珠貝の内側を思わせた。
p136
 その後はえんえん4ヶ月にわたって聴取、現場検証、また聴取が続いた。‥
 わたしがクルパをレーザー銃で撃ち、その武器でオリーの銃を暴発させたのだといって、ウィチェスタフォールズでわれわれ二人がある同じ娘に好意を寄せていたのを知って、考え出したらしかった。
〇狼男
 ヤロスラフ・ヴァイス。
 所謂、狼男と言えば満月の夜にオオカミに変身してしまうアレなのですが、本作の狼男は天才免疫学者の頭脳を移植された巨大なグレートデンです。
 共同研究者の外科医に嵌められて移植されてしまい、そこから犬の体で脱走、さらに共謀者を得て復讐します。この復讐で血の味を覚えてしまい、人間を襲い続けるようになるという話しです。
 怖いというより、悲しいお話しです。
▲来訪者
 たった2ページのショートショート
〇わがアゴニーにて
 チェコでは貴重な女流SF作家、エヴァ・ハウゼロヴァーの中編。
 首都以外では医療の提供が不完全になってしまった社会において、主人公の女性が子供のために首都から来た男性の愛人になる話しなのですが、閉塞的な社会体制を手厚く書いていて東側SF独特のテイストになっています。この作者の作品をさらに読みたいかと問われれば首を横に振りますが。
▲終わり良ければすべて良し
 タイムリープものの変形。この世界では、体ごとではなく意識だけが対象時代にいる適当な人間の中に入る形でタイムリープします。
 インタビュイー(歴史カメラマン)は、ナチス強制収容所ガス室担当の士官にタイムリープし、いままさにガス室送りになる母親から子供を受け取ります。母親は子供が助かるかもと一瞬、希望を持ちますが、次の瞬間、士官は子供を警備犬の群れに投げ込み殺してしまいます。その瞬間の母親の希望から一転して絶望に追いやられた表情を撮影してきたのです。
 インタビュアーは、それを聞いて彼の犯罪に対して罰を与えます。その罰は、次は母親の側にタイムリープさせ、その絶望を味合せるというものです。
 短いですが、非常にエグイ短編です。再読することはないでしょう。