ベストSF2020を読む

 2021が良かったので、すぐ買いましたが、そのまま積んでありました。

bqsfgame.hatenablog.com

☆歌束
 アンソロジーの巻頭作品は、読者がその一冊を気持ちよく読み進められるかどうかにおいて非常に重要。シリーズ移籍第1作の巻頭には、円城塔です。
 花束からの連想ですが、歌を書いた紙を丸めたものに湯をかけて歌を淹れるという風流な遊びの話しです。音素分解したものを湯に溶いて再構成する訳で、一種のアナグラム遊び。しかし、この遊びにいろいろと流儀や技を加えて、あたかも実在するかのように描いて見せるのが円城作品の芸の深いところです。
☆ねんきん生活
 現題は正確には年金生活ですが、ここでいう年金はナウシカのコミック版に登場する「粘菌」です。
 食べられて、いろいろなものを補修できて、一晩おいておけば増殖して回復するという老後の暮らしの頼りになる助っ人です。しかも、抜群に美味と来ています。
p29
 私たちのようなのを、「逃げ水世代」と呼ぶらしい。
 年金をもらえるはずの年齢が、私たちがその歳になるちょっと手前で先に先に引き伸ばされつづけたからだ。さいしょ65歳だったのが70になり、75になり、80になり、85になり、90の誕生日を迎えるころには、もう延期の通知すら来なかった。
☆平林君と魚の裔
 集中の白眉。オキシタケヒコの、「What we want」の13年ぶりの続編なのだそうです。
主人公は大陸棚の底生生物マニア。シリーズは、汎銀河通商網に加入して一方的な不公平条約でアメリカを奪われてしまった中で唯一帰還して通商網と対等に取引できる女性を軸にしたインターギャラクティックSF。
いろいろなエイリアンが出てくるという点で、「スタータイドライジング」や、「リングワールド」を思わせますが、その中で繁栄している種族の意外な共通点とは!!!
これは、SFらしいSFであり、また会心の面白さです。シリーズ第1作をなんとかして探さねば。残念ながら地元図書館にはなし。うーむ‥(◎_◎;)
p70
「まあ人類の船やしな。人類が想定しとる機動と運用しかどうせでけへんのやから、現状でも不都合はないわ。座席の角度変更機能だけは改善頼んどるけど」
「上が、前だから」
「ご明察です。あなたみたいな遊泳種族に、ぼくらにとっての前を正しいニュアンスで理解してもらえるのは、けっこう珍しいことなんですけどね」
p71
 水の中で暮らす生き物は、大きく分けて三種類いる。
 浮遊生物、遊泳生物、そして底生生物-。
 流れにまかせてたゆたう者と、自在に泳ぎ回る者と、水底で暮らす者。その中でも私のドンピシャ専門分野である三つめから進化した知的生命体が、目の前にいる。
p77
「航宙士(ばしょとり)、商算手(ぜにかんじょう)、通販戦開始!状況新規更新(ごはさんねがいましては)」
「新規更新(ごはさん)!」
「開戦税(めいわくちん)算出!」
〇トビンメの木陰
 草上人の「5分間SF」収録作品の一つ。
〇あざらしが丘
 高山羽根子さんがファンからお題をもらって書いたという一種のアイドルもの。
 ただ、このアイドルが歌ったり踊ったり握手したりするのではなく、「鯨漁をしてみせる」という一発ネタ。
ミサイルマン
 とある資金力豊かな発展途上国が徴兵した国民をミサイルに仕立て上げて抑止兵力として海外出稼ぎに出しまくっているという話し。真面目で休んだことのない留学生のンナホナが休んだというので総務の女の子に見に行かせたら、まさかのミサイル発射指令が発令されて‥。
×恥辱
 ノアの箱舟ものですが、乗せてもらおうとする各動物が雌雄一つがいしか乗せてもらえないと知って最初は抗議するが、最後は同族同士でその一つがいの座を殺しあって争うという極めて後味の悪い作品。
×地獄を縫い取る
 幼児強姦もの。前の恥辱を上回るおぞましい作品。
 一休禅師に軟禁されて無数の客を取らされた少女(地獄太夫)の話しと、体感・情感再生可能な美少女ロボットを作成して、その強姦される体感や情感を体験型ファイルとして切り売りする現代の話しを交互に語っていくが、どちらも殺伐としていることこの上ない。この作者(空内春宵)の作品を読むことは二度とないでしょう。
☆断Φ圧縮
 カルノーサイクルを、集団意識に対して適用できるというバカ話しです。
 断熱圧縮していくと人口(意識?)密度が上がっていき、それに対応するテクノロジーが発展する。逆に膨張すると密度が下がって孤独化が進むという‥。
☆色のない緑
 中国のミステリー作家、陸秋槎が、ハヤカワ書房に別件で来たときに、SFマガジンの百合SF特集の話しを聞いて、絶対参加したいと言って書いたという非日本SF。
 計算言語学グループの仲良し三人娘の二人が再会したその日に三人目が死んだという所から出発し。彼女の最後の論文が却下された事実に行き当たる。
 計算言語学は実在する学問のようで機械翻訳のベースになる基礎数学のようで、作者はかなり勉強して丁寧に書き込んでいます。ただし、途中から作者の架空アイデアに乗り移っていくのですが、そこは力業。ただ、それなりにもっともらしく書かれていて、良い意味で石原藤雄先生の「宇宙船オロモルフ号の冒険」みたいです。
p324
「『墓石』でモニカの論文を検証しただけで、証明は成立しないものとみなしたって」
 いまでは学術雑誌のかなりがあのシステムを使ってる。」エマは気の沈んだ様子だった。「もう予想はしてたんだ。700ページ超えの論文がこんなに早く却下されたんだから、きっと人間が検証したんじゃないって」
「どうしてコンピュータに検証をやらせるの? 無責任すぎるじゃない」
「あっちを責めてばっかりもいられないんだけど。モニカの論文はすごく長いし、新しい数学的手法をあっちこっちで使ってるから。博士論文の時点でもう難解で理解に苦労したんだよ。今回は実際にどんな方法を使ったかわからないけど、ただ、モニカの使った数学的手法を把握するのにはそうとうな時間がかかるのは想像できる。あたしだったら少なくとも1,2年は必要。言語学会で離散圏の考えかたに精通しているのは何人もいないだろうから、その知識を勉強するのにさらに時間が必要かもしれなくて、それでやっと検証が始められるし、検証のプロセスも楽な作業じゃないのは間違いない。中略
「モニカの論文は、いったいどこに問題があったの?」
「それがなにより許せないところ。学会の人は理由を説明しなかった。そもそも墓石も理由は教えてくれない。あれは論文が成立しているかどうかを判定するだけなんだ」
「判定のプロセスは確認できないの?」
「残念だけど、できない。墓石には説明可能性がないんだよ。どうしても解読するとなると、モニカの論文を人の手で検証するよりも長い時間がかかる」
p336
「これ、見たことある。SYNEだ」エマは考えこむことなく答えた。こちらに顔を向けてくる。「ジュディ、覚えてるよね、モニカと一緒に三人で、マグ・メルに液体ハードディスクを買いにいったとき」
「あの緑色の?」がんばって思い出そうとする。「たしかに、こんな形だったような」
 あれは韓国の企業が開発した液体ハードディスクで、それまでの重たいものよりも小ぶりで気のきいたつくりで、しかも記録できる容量が大きかった。エマの言うSYNEというのはシリーズ全体の名前だ。その会社が出していた液体ハードディスクはすべて、宝石から名前を取っていた。私の記憶が確かなら、モニカと一緒に行って買った緑色のは、たぶん「玉髄」シリーズの「クリソプレーズ」だ。
p340
 でも、人工言語生成ソフトはエマの計画の第一歩でしかない。真の目標は、人工言語のランダムな生成によって、一つの生態系モデルを作りあげることだった。なので、私たちは「サピア大陸」と「ボアズ諸島」という独立した系を作成して、言語たちに位置関係を設定した。それからは、言語それぞれが決められたルールに従いながら相互に影響するようにし、あと一部の言語は一定の段階でグリムの法則やヴェルナーの法則、グラスマンの法則に従って進化を進めるようにして、そのうえ一部の言語からはいくつかの方言が枝分かれするようにもした。適当な時期が来ると、大陸と諸島の間でも行き来が起きるようにした。
 四度目の観測を始めるときからは、モニカが政治屋経済の要素をシミュレートするパラメータをいくつも設定して、言語どうしの相互影響はさらに複雑になった。いくつかの言語は政治経済の面で勝っていたせいで放射状に周辺のあらゆる言語に影響していき、またいくつかの言語はしだいに姿を消して、最終的にはほかの言語に一、二個の単語や語幹を残すだけになった。
p355
「これはSYNEかな?」私に訊いてくる。「透明なタイプのSYNEがあるなんて聞いたことないけど‥」
 ただ、物売りの女の子のほうが先にその質問に答えた。
「これは玉髄シリーズのやつ」そう口にする。「色が抜けてなかったら、高く売れるんだけど」
「色が抜けた?」
「知らないの、SYNEはずっと太陽の光に当たってると色が抜けるから」
☆鎭子
 飛浩隆。「自生の夢」の巻頭に置かれていた「海の指」と同じ設定で、もう一本書いてみたものだそうです。

 全11編中6本に☆を付けられました。
 本来、年間ベストアンソロジーはたくさんの出版作品からベストを集めたものですから、全部が☆でもおかしくないのですが、経験からしてそのようなことはありません。半分を越えていればアンソロジーとして上出来でしょう。