GJ26号を入手

bqsfgame2008-03-06

今回の付録は秀吉頂上決戦2部作。山崎と賤ケ岳である。デザイナーは日本が誇るふゅーらー中村氏。
先日、某所であった月さんがGJを持っていて、コマンドよりGJを今回は選んだというコメントをされていたが、なんとなく納得してしまった。先日のコマンド最新号のところでも書いたのだが、GJの方が付録ゲームを魅力的に魅せる部分が雑誌として良くできている気がする。秀吉が天下統一に至る決定的な場面の二つの戦いはセットとして提示されることに説得力があるし、それをまとめて「秀吉頂上決戦」と称するネーミングも良いと思う。結果としてゲームの数がもっとたくさん付いているコマンドよりも魅力的に見える。
マーケティングの問題として考えたときに、おまけをたくさん付けるとユーザーに商品が魅力的に見えるという幻想を持っているケースが数多く見られるが、実際は近年は然程の効果がないような気がする。昭和の頃で旅行と言うのが贅沢だった頃は、抽選で当る旅行というプレゼントが物を選択する基準になったかも知れないが、今だと「当っても忙しくていけない」という人も多いし、「行きたいところではない」、「行きたいところを自分で選んでいくからいいや」という人も多いと思う。
おまけが付くケースにしても、「部屋が狭いから必要のないものは要らない」、「おまけは要らないからその分だけ安くして」という人も多いのではないか。
価値観の多様化という問題もあろうし、マーケティングする側が戦術の陳腐化に気付かずに継続使用しているという問題もある気がする。
だからと言っておまけを減らすのが正解とばかりは限らず、結局のところ、売るもの、ターゲット顧客が誰か、その人たちの顕在ニーズを把握しているか、本人たちもまだ気付いていない潜在ニーズはなにか推測しているかということを踏まえて個別に判断していくしかないのだろうと思う。だからこそマーケティングは難しく、そして同時にとても面白いのだと思う。
わたし自身はもともと技術屋なのだが、昨年からマーケティングを手掛けるようになり、展示会に自分で出展するようになった。展示会で得た名刺をベースにインターネットでホームページを探してみると、思いもよらぬ人たちが自分の会社の商品に興味を持っているということに新鮮な発見をさせられる。自分が思っている「当社の客」のイメージは、時代の移り変わりと共に変容しているのだが、案外、「当社」がそのことに鈍感だったりするわけだ。
この話しは面白いのでまた明日。