南北戦争:ブラグストン・ブラッグ

bqsfgame2009-01-13

非常に評判の悪い将軍の一人であるブラッグだが、実は彼もローズクランズと同様にウェストポイントを5位で卒業しており成績自体は優秀な部類だった。
ブラッグについては、近年はブラッグの失敗をブラッグ一人の責任にするのは妥当ではないのではないかという議論も出てきているようだ。
ブラッグは規則に厳格で部下に口やかましい人物だったことは間違いなく、部下に暗殺され掛けたこともあると言う。チカマウガを戦うことになるテネシー軍では、部下の士官たちが連名でデービス大統領にブラッグ解任を要求する連名要請書を作ったほどだ。つまり、テネシー軍は一触即発の状態にあり、コミュニケーション不足は当然で、命令不服従も頻発するような状況だったらしい。このような組織を形成した責任は主として指揮官であるブラッグに問われるべきであり、結果として組織の機能不全で戦場で敗北した責任も同様であろう。
しかし、事態をややこしくしているのは、部下の一人にレオニダス・ポークがおり、ポークは自身が凡庸以下の前線指揮官でありながら困ったことにデービス大統領の個人的な友人だった。ポークが自分の保身に自信を持って命令不服従をして組織を危機に陥れていたとすると、必ずしも全てがブラッグの責任ではなかったのかも知れない。この話しに関連して、ポークらから要請書を受け取ったデービスはジョセフ・ジョンストンにブラッグ解任の権利を与えて情況を判断させた。ところが、ジョンストンはテネシー軍の状態を見て、当時の南軍の水準以上の状態にあると判断して人事権を行使しなかった。この話しから類推するに、ブラッグは人望がなかったし、もしかすると戦術家としても凡庸以下であったかも知れないが、少なくとも組織管理者として一定の成果を上げており規律正しい軍隊を作っていたのではないか。
北軍のマクレランの場合もそうだが、南北戦争では突発的に巨大な軍隊組織が必要となったために、未熟なアマチュア志願兵を早急に戦闘に耐え得る軍隊に仕立て上げる能力を持つ人物が両軍ともに必要だった。マクレランもブラッグも、少なくともその部分について能力を示すことができ、だからこそ一定の地位まで上ったのではないか。残念ながら、前線の最高責任者として軍事的決断をするということは、これとは全く別の才能であるから、そこで能力を発揮できないと言うことは十分にあり得ることである。しかしながら、社会学ピーターの法則にも言われている通り「能力主義の階層社会において、人間は能力の極限まで出世する。すると有能な平構成員も無能な中間管理職になる。」のであり、能力の限界を露呈して失敗するまで、それより下層(この場合は戦闘に実際に遭遇するまで)において有能である人間は出世してしまうのである。それを本人の責任と捉えるかどうか‥という問題である。
北軍バーンサイドは、ポトマック軍の司令官を打診されたときに器にあらずと断っている。チャンセラーズビル作戦の失敗を見れば、彼の自己評価は極めてまっとうだったと言えよう。しかし、彼が断ればフッカーにポストが移動すると知らされた時にバーンサイドは受諾した。フッカーがバーンサイドよりもっと適任であったかどうかを我々は歴史の後知恵で知っているが、バーンサイドの判断はなるほど止むを得なかったかも知れないと思うのである。
話しをブラッグに戻すと、ブラッグ自身もテネシー軍の指揮系統の末期的症状にはうんざりしていてデービス大統領が適切な後任を送ってくれることを期待していたとも伝えられる。デービス大統領は最終的に自らテネシー軍を訪れ状況を判断し、ブラッグ解任を決意したと伝えられるが、それが実現する前にテネシー軍はチャタヌーガで敗北してしまい、結果としてブラッグは辞任を申し出て受理されるという形での決着となった。
チカマウガ戦やチャタヌーガ戦の時のテネシー軍の指揮系統と言うのは、そういう末期症状にあったということが理解されねばならない。むしろ、このような状況下にも関わらずチカマウガでは良く戦ったとさえ言えるのかも知れない。