通商破壊戦は単純な算術

デーニッツが看破したことは、敵が建艦する速度より速く敵を撃破すれば、いずれ敵の輸送力は低下して戦争継続は困難になると言う単純な引き算だけです。
そして、そのためには何処で沈めるかは問題ではなく、一番、沈めやすいところで沈めれば良いと言うことでした。そして、どうやって効率よく沈めるか‥と言う単純な一つの指標で作戦を判断すれば良いと言うことでした。
このため、イタリアが脱落しないように援助してやるために地中海に派遣するとか、独ソ戦の支援のために北極海に行くとか言うのは、デーニッツの目から見れば議論するまでもなく愚策なのでした。しかし、他の事情から潜水艦を要請する別方面を立てて、潜水艦部隊に無理を言ってくる上層部や上司に彼は諦めずに反論し続けるのですが、それでも泣く泣く部隊を割かざるを得なかったのです。
これは正に組織内小説であり、プロジェクト小説です。それも最終的に失敗したプロジェクトの小説です。
組織内にいて、マネージメントの悪いプロジェクトに従事している身には、読むのが辛すぎるくらいに痛い小説です。
U−ボートが好調だった上巻でさえこの調子だとすれば、下巻はどうなることでしょう。
本書の中でも最悪の敵は、空軍総司令官のゲーリング元帥です。
デーニッツは言います。潜水艦は視野が低く偵察能力が低いのが弱点である。潜水艦に偵察任務を頼むなど愚の骨頂である。ところが、もっとも偵察に向いた兵種である空軍を指揮するゲーリングは、この愚かな依頼を潜水艦にしたりするのです。直接ではなく海軍総司令官のレーダーを経由してくる訳ですが、水上艦主義者のレーダーはデーニッツを守ってくれずに簡単に受けてきてしまいます。これではやっていられません。
潜水艦の活躍を約束する偵察機は海軍にはありません。なぜなら「空を飛ぶものはみんなわたしの管轄だから」と強弁するゲーリングにレーダーが抵抗できなかったからです。
そして、この空軍司令官は空軍にとって決定的なチャンスであったバトルオブブリテンで負け、そして次の最大のチャンスだったU−ボート戦に協力することを拒んだ上に、むしろ足を引っ張ったのです。
また、デーニッツは開戦前から様々な献策をしてきましたが、それは入れられませんでした。一次大戦のエースであるゲーリングや、水上艦の活躍に期待を持つレーダーがいては、U−ボートは所詮は闇討ちの得意な補助艦種の位置づけだったのでしょう。このため、U−ボートの数は慢性的に不足し、メンテナンスのドックも水上艦のメンテが優先され、隠密性を生かして先制攻撃するために必要な偵察機は皆無に近いと言う満身創痍の状態で開戦を迎えたのです。
そして、恐るべきは、そんな敵だらけのドイツの状況下にも関わらず、デーニッツU−ボート軍はチャーチルをして「わたしが本当に危険を感じたのはU−ボートだけだった」と言わしめたのです。
デーニッツが戦前から理解していたことを大戦で最初に本質的に理解したのが敵の総帥チャーチルだったと言うのは、なんと皮肉なことでしょう。
ビジネスマン必読! 坂の上の雲を読んでいる場合ではありません!