S&T216:アジアンクロスロードを入手する

bqsfgame2014-07-28

割と最近のゲームと言う認識でしたが、年号を見れば2003年、もう10年以上も前の号なのですね。特にプレミアが付くこともなく普通の値段で入手できました。嬉しいような、人気がなくて悲しいような。
題名だけでは、いつの時代のゲームかわかりません。アジアの十字路と言われると、中央アジアなのかなと想像が付きますが、それ以上は非常に難しい。シルクロードの探検ゲームだとしても不思議ではないタイトルです‥(^_^;
正解は、アフガニスタン周辺をイギリスとロシアが争ったグレートゲームです。
グレートゲームは、大英帝国と、植民地戦争で出遅れたロシアの南下政策が衝突した長期紛争なので、世界史的にはそれなりに重要です。しかし、アメリカの歴史の教科書でも、日本の歴史の教科書でも、そんなに紙幅を割きそうにありません。それは、アメリカや日本に直接の影響があまりなさそうだからです。良く欧米の世界史教育は、ヨーロッパ視点で東はインドくらいまでと言われますが、その範囲には入っているものの中央アジアは余り脚光を浴びることはありません。
アフガニスタンの名前が有名になったのは、むしろソビエトの軍事介入以降の現代史においてであり、その後はタリバーンの活動などテロ戦争の焦点の一つとして注目を浴び続けています。
日本語版ウィキペディアアフガニスタンの項には関連項目の一つにボードゲームがあります。ところが並んでいるタイトルを見ると、軒並みミランダ先生ばかり。逆に言えば、ミランダが取り上げるまではウォーゲーム的には無名地帯だったようです。
グレートゲームは一種の冷戦であり、実際にホットな戦争が戦われた期間は長くありませんが、ロシアが南下政策を開始した19世紀初頭から、途中にロシア革命を挟んで、最終的には独ソ戦が始まって両国が連合国として同盟者になるまで続きました。ですから100年を悠に越える長い紛争です。
この紛争は局面ごとに直接の紛争当事者が変わるのですが、最初に仕掛けたのはイギリスでした。ロシアがインド洋への南下政策を取り始めたのを察知して、イギリスは先にアフガニスタン保護国化しようと第一次アングロ・アフガン戦争を1838年に開始します。これは、英国の植民地戦争の一つと言う捉え方もできる戦争で、これ自体、S&Tで独立したゲームとして出ています。第一次戦争は、イギリス支援による不安定な傀儡政権樹立で終りました。しかし、政情不安が深刻で、イギリスは撤退を決定します。この撤退活動の安全は一応合意されたのですが、実際には守られずカブールから撤退する一般市民を含んだイギリスの行軍は壊滅するまで攻撃を受けました。
その後、南下圧力を高めるロシアがカブールに公館を設置したのをキッカケに、1878年に第二次アングロ・アフガン戦争が勃発。イギリスにとっては、リメンバー・カブールです。この第二次戦争もS&Tでカバーされており、英国植民地戦争のシリーズ「太陽は沈まない2」のメインシナリオとしてゲーム化されています。
アフガン史は日本には直接関係ないと言いましたが、実はそうでもありません。
ロシアの南下政策の圧力は極東の日本にも及びました。イギリスはこれに対抗するために日英同盟を結び、軍艦の建造技術などで日本を支援したのです。イギリスの支援が十分だったとは思えませんが、兎にも角にも日本は日露戦争に勝利してロシアの南下政策の一翼を挫折させました。この「アジア人の国家に敗北した」ことが、ロシアの南下意欲を大きく低下させグレートゲームを収束に導いたと言う議論もあります。もちろん、他ならぬロシア革命が、もっと大きな要因であったのは疑いないと思いますが。
極東と中央アジアでの南下を封じられたロシア/ソビエトは新たな南下先として、衰退著しいオスマン帝国黒海地域を選択しました。こうしてグレートゲームは、露土戦争へと接続しているのです。
こうしてみると、19世紀から20世紀前半に掛けてのアジア地域の紛争には、太陽の沈まない鷲の帝国と、南下を目指す熊の帝国との争いが通奏低音として流れていることに気付きます。
その意味では、「イーグルvsベアー」とかネーミングしたら、マーケティング的にはもう少し成功していたかも?