☆ソリトンの悪魔を読む

 蔵書の再読です。
 夏だ! 海だ!! 潜水艦だ!!!

 と言う訳でご登場いただきました。
 潜水艦小説としても、海洋冒険SFとしてもトップクラスの出来栄えです。
 敵はタイトルの通りソリトン波生命体です。
 ソリトン波生命体に自衛隊が新型索敵システムのフォトソニックソナーを当てたら狂暴化してしまった(らしい)というのが出発点。
 主人公は台湾東方の大陸棚で海底油田を掘るプラットフォームのエンジニア。そこに隣接した日本が建設した海上都市を謎の敵が襲撃して破壊する所から始まります。窮地に陥った娘を救出するために主人公は自衛隊の潜水艦「はつしお」と連携して娘が乗っていた観光潜水艇の救出に赴きます。この過程で「はつしお」に搭乗せざるを得なくなり艦長を説得して搭乗し、問題のフォトソニックソナー技術も知ります。
 ここで、自衛隊側はなんと機密保持のために機密漏洩させた副艦長と漏洩された民間人の抹殺を試みます。この「はつしお」が実弾魚雷を発射して民間潜水艇を攻撃する場面が潜水艦ウォーゲーマー必見の大迫力です。
 そこから後は次から次へと危機が連続して終りまで息をつく暇もない大冒険活劇です。読んでいて恐ろしく疲れるのですが、いったいどうやって切り抜けるのかと心配になって本を置くことができなくなります。
上巻p30
陸地の面積は、地球の表面全体のたった29%しかない。
 また、陸地の高さの平均値はたった840mだが、海の水深の平均値は3800mもある。陸地をすべて削って埋めたとしても海の平均水深が3450mになるだけだという。
p147
 富岡にとっても、これは不条理そのものの状況だった。三週間前、新型ソナーのテスト機に彼のはつしおが選ばれた。最初の一週間は新型ソナーの性能の凄さに欣喜雀躍した。それは潜水艦運用を根本から変える大発明だった。
 ところが、偶然か必然か、新型ソナーで奴を発見する羽目になってしまった。そして奴には蛇の暗号名が付けられ、追いかけっこをするように命じられた。そのあげく空前の海難事故になってしまった。
p181
 また聞きなれない言葉が登場し、厚志は眉の線を崩してしまう。
ソリトンというのは孤立波、ソリタリー・ウェイブに粒子性を示す接尾辞onを付けた言葉よ」
 秋華が言った。
p205
 山田が言う。
「この場を動かず音を立てずにやりすごすか、それともすぐに逃げるべきか、だ」
「隠れていた方がいいのでは?」
 西はアイ・カバーを押し上げた。脅え切った表情になっている。軍人らしい豪胆なところなど、この若者には全然なかった。
p227
 それは聴覚に属するものだろうが、日常生活で言う聴覚をはるかに超えていた。視覚とも聴覚とも区別し難い未知の超感覚。おれの脳そのものがレーダーとなり、ソナーとなっている感覚。
p252
 さらに厚志と秋華が急遽、救難室でトリム係を任命される羽目になった。
 トリムとは船のバランスのことだ。具体的にはこの場合、救難室の中央で片膝をつく低い姿勢で待機し、潜水艇が傾きかけたら、その反対側へ体重を移動させるのだ。
p288
「アイ、サー。模擬弾ですね?」
「いや」
「は?」
「実弾だ」
 楠一尉の身体が凍りついた。
「艦長、自分の聞き間違いでしょうか? 実弾?」
「実弾だ」
 富岡は不動の表情で答える。
p316
「魚雷との相対距離、2700」
 西が悲鳴に近い声で言う。
「2400」
 これは夢じゃないのか。このピンは、本当は目覚まし時計のベルなんじゃないのか。
「1800」
 きっとそうだ。おれは寝返りを打って、起きようとしているところなんだ。で、美玲を迎えに行くんだ。
「1500! モーター停止では?」
 西が言った。
「いや、もう少し待て! あの岩の近くに滑り込まなきゃ意味がない」
 山田の叫び声に鼓膜を打たれ、厚志は我に返る。
p476
「はつしおは何をやってるんだ!」
 西は肩を落とす。
「もっとも、ここにいても大して役には立たないか‥」
 秋華が言った。
「魚雷で破壊する手があるんじゃないの?」
「無理だ。無理だ」と西。
「何が無理なの?」
「あいつの方が潜水艦より速いからですよ。だから、迂闊に近づけない。遠距離から魚雷で狙うしかない。だけど、ホーミング魚雷がピンを打っても蛇からは何も跳ね返ってこない。つまり狙い撃ちできないってことです」
p493
 センタープールの水面は、普段は潜水艇やロボット、作業員らの出入口になっている。もちろん、内部気圧が外部水圧と釣り合っているので海水が侵入してくる心配はない。
 しかし今、プールの水面は海水ではなく、紫色のゲル状物質に取って代わられていた。プールの枠からも溢れ出してくる。
下巻p53
「言っときますけど、状況証拠ですよ。本当かどうかはわからないんだ‥。でも、一つずつ並べみましょうか‥」
1.はつしおがホロソナーの長時間高出力テストをした座標と、はつしおが蛇と初めて出会った座標と、蛇が突然、狂いだしたという座標。この三つは一致している。
2.アルファは、蛇が狂いだしたのは今から17日前だ、と言った。はつしおは十七日前、この座標でホロソナーのテストをして、その直後、蛇と出会った。つまり、時間も一致している。
3.アルファは、蛇が狂暴化した前後に大きな音が長時間その座標から伝わってきた、と言った。その日、その座標ではつしおは大音量のリファレンストーンを出すテストをやっていた。
p80
 どこの国の軍隊でも、戦闘機のパイロットと潜水艦の乗員は一番うまいものが食えると決まっている。昼食にステーキぐらい当たり前だ。有事の時は、真っ先に死ぬ確率が高いから待遇がいいのだ。
p128
「ないのかよ!」
「ある」
「何! あるのか!」
 厚志たちがわめき出した。一斉に喋るため、会話が混乱する。
「皆、黙ってて!」
 秋華が男どもを制した。代表してアルファに聞き返す。
「今、あるって言ったの?」
「ある」
「何なの、その方法は?」
「あなたたちが海上に行けばいい。そうすれば蛇を止められるはずだ」
 厚志はがっくりと頭を下げてしまった。キットは「バカか、こいつは?」と呟く。西は口を半開きにしていた。
「アルファ、だからそれはもう説明したはずよ。私たちは上に行けないのよ。潜水艇はない。長時間の減圧なしじゃ潜水病になる。それに蛇を止める手段そのものが、まだないのよ」
「それは分かっている。人間はもともと大気圏で生きている生物ゆえ、海中では不便なことが多いと」
「それが分かってるんなら、なぜ、こんな時におれたちに海の上に行けなんて、くだらないことを言いやがるんだ。おれが君と同じソリトン生命体になれば、話は別だろうがな」
「正解だ。あなたがそうなれば蛇を止めに行くことができる」
p195
 はつしおの発令所では、水雷長の楠一尉が、ホロソナー&テレプレゼンス・システムの中に没入していた。これは魚雷の概念を根本から変えるシステムだった。操作者は自分自身が魚雷に乗って操縦しているのと同じ感覚を得られるのだ。
p206
 HS魚雷が引きずっている光ファイバーは、直径1ミリのプラスチック・ファイバーだった。海中ではほとんど重量はなく、魚雷の運動の邪魔にはならない。
 しかし、今、海中に強力な照明光を当てたなら、そのファイバー・ケーブル上にできた大きな結び目が見えたはずだ。結び目の輪は、直径700メートルもあった。
 アツシの動きを、楠がバカ正直に追いかけた結果が、これだった。円を描いてからその中をくぐれば、結び目ができるのは、当たり前の話だ。
 中略
 光ファイバーの中心部は、半透明な物質を素材にしている。最中心部はコアと呼ばれる空洞で、その中を光が半透明素材にぶつかっては反射して進んでいき、遠方への通信を可能にする。
p284
 おれは政治家どものスキャンダル隠しの片棒を担ごうか、と本気で考えたのか。奴らが、おれに何をしてくれたんだ? 一回千円という、信じられないような金額の潜水手当だけだった。どうせ、今度の事件がなければ、定年後の天下りの話だってありはしなかったんだ。
 終わったんだ。おれの軍人のキャリアは今度の航海で終わりなんだ。はつしとも、お別れだ。
p292
 水雷長の楠一尉が思い切り伸びをして、笑みを浮かべた。
「やれやれ、これでやっと普通の潜水艦乗りに戻れるな」
 部下の田口三尉が肩をすくめて、言った。
水雷長の言う、普通の潜水艦乗りってのは、税金で毎日ステーキを食わせてもらって戦争はしないっていう意味ですか?」
「決まってるさ」
p307
「始めてくれ」
 そう言ったとたんに、アツシの意識が遠のいていった。睡魔に似ていた。
 気を失いそうになりながらも、不思議に思った。人間からソリトン生命体に返還されるときはこんなことはなかったのだ。逆変換の時は、また違うのだろうか?
 唐突に、自分の中から何かが分離するのを感じた。その何かがアツシを振り返った。薄れゆく意識の中で、悪鬼を連想させる狂暴な顔を見たような気がした‥。
p402
「もっとスピードを上げろ」
 アルファが答えた。
「努力している。しかし、うかつにスピードを上げると、別の問題が発生する」
「え?」
「岩石に慣性がつきすぎたら、海底に着底したあとも止まらずに滑っていき、うみがめ200を巻き込む危険がある。最悪の場合は、この岩が原油の噴出口の上を通過して、大陸棚から転がり落ちていく可能性もある。そうなったら、もうやり直しは利かない」
p410
 インカムで連絡する。
「お待たせ。今、操縦室です。さあ皆さん、ご注目してください」
 秋華が訊いてきた。
「何をするつもり?」
「もちろん、これをスラスタとして使うんですよ。うみがめ200を後ろから押すんだ。幸い、ここは二階だから、まだ原油に埋まるまで余裕がある」
 パネルの電源をONにする。計器類や外部モニター画面、ソナー画面などが一斉に生き返った。
 西の顔に笑みが浮かんだ。愛車に乗ったドライバーの顔だった。
 キットが言った。
「そんなにちっぽけな潜水艇が何の役に立つんだ?」
「このいるか4のモーターは最高30ノット引き出せるんです。充分、タグボートの代わりになるはずだ」
 超電導フラーレン電池がモーターを高速回転させ始めた。心地よい唸りが全身に伝わってくる。西にとってのテーマミュージックだ。
p429
 山田温と富岡功夫の視線がぶつかった。両社は瞬きもせず見つめ合っていた。
 山田は、ゴルフウェアを着た富岡の姿に違和感を覚えていた。たてがみの抜けた年老いた雄ライオンを見ているようだ。
「お久しぶりです。艦長」
p433
 富岡は肩の震えが大きくなっていた。
 山田も、いつの間にか拳を握りしめていた。DSRVいるか4に魚雷のピンが迫ってきた時のことを思い出した。青の時の恐怖がよみがえり、心臓の鼓動が早まった。
 だが、山田はすでに当時の状況を何度も振り返り、戦術的な評価を下していた。
「あれは‥最高の演習でした」
 富岡の震えが止まった。
 山田は続けて、
「でも、艦長の戦術は甘いですよ。私は十中、七、八まで逃げ切る自信がありました。魚雷のアクティブ・ピンの波長は長すぎるから、潜水艇のような小さな目標を狙うのには適していないからです。
 私なら確実に仕留めるために、二発目と三発目を撃っておきます。あの時、艦長が三発撃っていたら、私も逃げるのはあきらめたでしょう」
 富岡が顔を上げた。
「‥私が甘かった?」
「ええ、三発撃っておいて、三角形のフォーメーションを組ませて時間差を与えて爆発させる。そうすれば直撃でなくとも、三発分の圧力波に巻き込む形で破壊できたでしょう。確実に仕留めるつもりなら、そうするべきだったんだ。
 でも、艦長は一発しか撃たなかった。あれでは、みすみす敵に逃げるチャンスを与えるようなものです。ちっぽけな潜水艇をロストして、うろうろしているうちに魚雷は燃料切れを起こしてしまう。一発だけで追い続けるのは無理です」
 山田が言った。
「本気ではなかったんでしょう?」
 富岡はうなずき、そして首を振った。
「だが、それでも、あやまらねばならない。私が魚雷を撃った事実は消えない」
「演習ですよ。わざわざ逃げるチャンスを与えた上、最後には解除した。たとえ、命令変更がなくても解除したはずだ。私はそう思っています」
 富岡が、小さくありがとうと呟いた。