項羽と劉邦を発掘する

 Wilandorさんがプレイして良かったと言われるので、連載当時の号ですから実家から発掘してきました。

 項羽と劉邦は池田康隆さんのデザインで、二人用対戦ゲーム。しかも、3時間で終りまで行くというプレイアビリティなんだそうです。

 中国史は完全に専門外なのですが、上記のスペックだと一度やってみなくてはならぬかと思っております。

×世界ノンフィクション全集:千の太陽より明るくを読む

亡父の形見から2冊目。

 前回書いた通りで亡父の存命中にも一度読んだものです。本書は全集の第19巻に当たります。

bqsfgame.hatenablog.com

 副題は「人間と科学」です。
 このテーマは範囲が非常に広く、ノンフィクションの傑作も多数あります。なので、「千の太陽より明るく」はダイジェスト収録です。
 調べてみると、同書のコンプリート版で現在入手可能なものは、現時点で絶版のようです。アマゾンのマーケットプレイスでは、平凡社版が4000円で出ていました。なので、今となってはダイジェストとは言え貴重なものとなっています。念のため地元の図書館も検索しましたが、コンプリートなものは蔵書にありませんでした。名著といえども、読めなくなることが当たり前なのですね。国会図書館に行くしかないのでしょうか。
 本書は、原爆の出発点であるウラニウム核分裂連鎖反応の観測が主題となります。欧州の各国の大学、研究機関での先陣争いが激しかったことが判ります。この時期の重要人物としては、「オッペンハイマー」に登場したニールス・ボーアが重要だったことが良く判りました。また、彼が多くの欧州学術者のアメリカへの移転に重要な役割を果たしたことも判ります。一つには彼の拠点がデンマークにあって、ドイツとのアクセスが良く西側へのバックドアとして機能していたこと。もう一つは彼の人柄にあったようです。
 本書はダイジェストであることもあって、「オッペンハイマー」が活躍するマンハッタンプロジェクトについては、あまり記述が詳しくありません。さすがにトリニティ実験については紙幅を割いて丁寧に書いていますが。
 本書の見解としては、「ドイツが原爆を開発するかも‥」というのは西側の妄想に近かったのではないかとの立場です。むしろ、ソビエトが早い段階で原爆の可能性に注目するリスクの方が大きかったという記述が目立ちます。

p10
 コペンハーゲンの電信嬢などはニールス・ボーア教授の研究所から自分たちにはまるでチンプンカンプンの数学の公式でいっぱいの電文を、イギリスやフランスやオランダやドイツやアメリカや日本に正確に打信するのにしばしば苦労したほどである。
 当時、原子研究の地図には三つのおもな中心があった。ケムブリッジ、コペンハーゲン、ゲッチンゲンである。ケムブリッジでは、ラザフォードが気の荒い短気な王様のごとく、彼によってはじめて開かれたあの最も極微の次元の国に君臨していた。コペンハーゲンでは、かの明晰そのもののニールス・ボーアの口を通して、小宇宙のびっくりするほど新奇な謎の王国の法律が発布されていた。ゲッチンゲンでは、マックス・ボルン、ジェームス・フランク、ダヴィット・ヒルベルトの三執政下、おりしもイギリスで新たに発見され、デンマークで正しい説明が加えられたと信じられていたすべての事象にも即座に疑問符が打たれたのである。
p13
 その時代の最も年少気鋭の参与者の一人だったアメリカ人ロバート・オッペンハイマーは後日次のように書いている。
「われわれが原子物理学と言っているもの、すなわち原子構造の量子論と呼んでいるものは、今世紀の変わり目に第一歩を踏み出し、二十年代に発達し、完成した」
p18
 このゲッチンゲン大学はその真の名声をなかんずく数学者たちに負うている。カール・フリードリヒ・ガウスが19世紀中葉までここの講壇に立ち、ゲッチンゲンを科学という科学の中の最も抽象的な学問である数学の中心としたのである。
p24
 最も遠い大陸まで探求されつくした地球上にはもはや獲得すべき何ものをも見いだせなくなった冒険家たちは、競って原子物理学を目指して殺到した。
p25
 毎週の授業の華ともいうべきはボルン、フランク、ヒルベルトが「無報酬かつ演習形式」で行った「物質論ゼミナール」だった。たいていヒルベルトが「では、諸君、どうで、言って見てくれ給え、いったいぜんたい原子って奴は何ものなのかをね?」と素朴な質問を発することで幕が切って落とされた。
 毎回ちがった学生がそれを説明しようと試み、そのたびごとに新しくこの問題を取り上げては別の回答を出そうと試みた。ところでもし若い天才の一人が込み入った数学的な説明の中に逃げ込み始めると、きまってヒルベルトプロイセン訛りで腰を折るのだった。
「さっぱりわからんね。もう一度すっかり説明しなおしてくれんかね。」

 1926年の冬学期に、一人のやせた病身らしいアメリカ人の学生がこの討論でひときわ頭角を現した。彼はいきなり一瀉千里に全論述を即席にすらすらと述べたてることがあったので、ほとんど周囲の者はだれもそれに言葉を出せなかったこともしばしばだった。(中略)この青年の名前は世界的に知られることになる。「原爆の父」ロバート・オッペンハイマーその人だったのである。

p29

 アメリカの学生は、ドイツの大学に見られる官僚的な形式主義にどうしてもなじめなかった。彼がドクトル試験の許可請願書を提出したとき、ゲッチンゲン大学を管掌しているプロシアの文部省によって

オッペンハイマー氏の提出した請願書はまったく不備極まる。本省としてはかかる請願を却下せざるをえなかったことは理の当然だった」

p34

 この二人の学生(アトキンソンとホウテルマンス)は退屈しのぎに戯れ半分、頭上に燃えている太陽がいったいどこからエネルギーを得ているかという永らく未解決の問題をもち出した。物質とエネルギーの交換可能についてのアインシュタインの公式以来、われわれの頭上にある巨大な天体の実験室でおそらく原子の変換過程が怒っているのではないかと人間は予想しはじめていた。

p38

 この町の指導的新聞、市民的な「ゲッチンゲン・ターグプラット」紙はすでに年来はなはだしく右翼的な立場を取り、他のドイツの国粋主義的な新聞がまだ相当に対しその態度を明確にしていなかった時分に、いち早くヒトラーを救世主に奉りはじめていた。

p40

 褐色のシャツの学生たちが特にねらいをつけたのは、ポーランドやハンガリアからドイツへ留学して来ていたユダヤ人やユダヤ系の学友たちだった。

p47

 騒々しい政治的狂信主義が学問研究の本来なら静かなるべき世界に侵入していたこの時代に、平和と相互の寛容の孤島がまだ存在していた。それはコペンハーゲンのブレークダムスヴェ十五番地にある大学付属理論物理学研究所であった。ここにはあらゆる国民、あらゆる人種、あらゆるイデオロギーの物理学者たちが依然として師ニールス・ボーアのまわりに群れ集まっていた

中略

 まだドイツで暮らしている数多くの原子科学者たちはその頃、前もって頼んだおぼえもなかったのに、突然郵便受けにボーアからの招待状が入っているのを知った。「われわれのところにおいでください。ひとまず当地に滞在になって、それからどこへ赴かれたらよいかを静かにお考えになってはいかがですか」

p57

 1933年秋にアインシュタインプリンストンに新設された高等学術研究所に住居を移したとき、フランスのランジュヴァンが預言したことは真実となった。

「これは、法王庁がローマから新世界へ移ったほどの大事件だ。物理学の法皇がご遷都になる。アメリカは自然科学の中心になるだろう」

p96

 のちにハイゼンベルクはこう語った。「1939年の夏には、まだ12名の人々が申し合わせることによって原爆の製造を防止することができたはずだ」

p105

 前略

 ドイツ国内にある酸化ウランの99%までが他の軍機関の手でいち早く買い占められていることが判明した上、その期間はどうしてもそれを再び引き渡そうとしなかった。というのはその軍機関では、この重金属の合金によって戦車を破壊する弾丸を作れると期待していたのである。

p116

 ボーアはユダヤ系として身の危険にさらされていたにもかかわらず、依然デンマークの首府にとどまっていた。なぜなら彼は、自分の居ることが彼の研究所の「非アーリア人」の研究者たちにとって唯一の支えだと知っていたからである。

 

大東亜共栄圏をソロプレイする

 今月の課題なので、先ずソロプレイしてみました。

 日本軍として北進はせずに重慶攻撃。

 それがかなったらカルカッタを目指して英中とだけ戦争して勝てないものかと思案。

 そうか、それでも対英宣戦布告はする必要がありますが、日本には米国のような宣戦布告コストはなく、奇襲攻撃だけできるので存外有力な印象を受けました。

 レド公路は選択なので不使用としましたが、入れないとバランスが悪いように思いました。次回は入れて再度ソロプレイしようと思います。

 

☆イエスのビデオを読む

 「NSA」のエシュバッハです。

 ハヤカワ文庫NVなので死角に入っていました。

 エルサレムの遺跡発掘現場で、2000年前の地層からソニーのヴィデオカメラのマニュアルが発見されて始まります。しかも、当該カメラについてソニーに問い合わせると、当該機種は開発中で未発売だと言うのです。

 近未来に発売される最高性能のヴィデオカメラを持ったタイムトラヴェラーは何をしに2000年前のエルサレムに行ったのか?

 彼はイエスをヴィデオに納め、理由は判りませんが片道旅行しかできないタイムトラヴェルの欠点から、2000年後に発掘されるであろうエルサレムの遺跡に隠したのではないかと推定して調査隊は色めき立ちます。だとすれば、マニュアルだけでなく、イエスの映像を収めたカメラがどこかに隠してあるはず‥。

 というお話しです。

 ムアコックの「この人を見よ」を彷彿とさせられ、筆者はてっきり発見した学生が自ら片道時間旅行に出て姿を消すのかとドキドキしながら読みました。

 残念ながら推測は外れており、もっと下世話な争いに巻き込まれていきます。

 NSAほどの快心作ではありませんが、これもなかなか面白くできています。お薦めできる一作と思います。

 エシュバッハの他の作品も是非とも訳して欲しいものです。訳者解説にある「ソーラーステーション」が特に良さそうです。

 

p62

「彼は書いている、カメラを二段目の石のなかに隠したと」エホシュアは言った。「あそこのだれかが接吻している石だ」

「ちがう。あれは二段目じゃない」その口調は吉報を期待させるものではなかった。「本来の神殿の壁はもっとずっと高かった。ここでわれわれが見ているのはその上部にすぎない。十一段が見えていて、残りの十九段は地面の下にあるんだ」

p339

 あなたはくりかえし、くりかえし、あらゆる可能性を検討した。どんなにとっぴな考えでも。不可能を不可能と決めつけないシャーロック・ホームズの最良の伝統にのっとって。

訳者解説より

②ソーラーステーション(1996)

 2015年、太陽エネルギーを収集して地球に転送していた日本の宇宙ステーション「NIPPON」で殺人事件が発生し、それはきわめて危険な陰謀の序曲となった‥

 

 

ブーディカの戦闘ルールに関する後日談義

 先月の千葉会で対戦したブーディカですが、戦闘ルールについて議論になっています。

>ただ、帰りの電車で思い出したのですが、本当はディスラプトはちゃんとユニットに割り当て、そのディスラプトユニットを損害に出して除去してしまえば消せるのに、それを運用し忘れたのが不味かったようです。

 と書いたのですが、Wilandorさんから、以下の指摘がありました。

>Disruptの扱いですが、10.3.6ではマーカーの対象は"Army"となっています(ユニットでは無く)。なお、"Army"の定義はルールにはありません。

 

 なるほど。そうだとすると先日のプレイはルール的には正しく適用していたということになります。

 

 では、ディスラプトしたらどうすればいいのかと言うと、

Combat System - Multiple Disruptions | BoardGameGeek

 

 撤退するしかないんでないのというヌネス編集長の回答です。

 そうかぁ、そうだとするとローマ軍は撤退してしまうからレギオンを壊滅させるという勝利得点条項は事実上発生しないんじゃないでしょうかね。

 まぁ、それが当時のローマの実力だと言えば、そうかも知れないなとは思うのですが。

鬼滅の刃:刀鍛冶の里編(1)を見る

 新章突入前の直前復習用と思われますが二夜連続放映。

 実は先日の茨城会に行った時に往路袋ともに小浮気の山びこで食べたのですが、当該店に鬼滅の刃の全巻が揃っていて、世評も高いしちょっと読んでみようと往路で1巻、復路で2巻を読みました。

 と言うことで主役周りの人物と、世界観は学習できたので、TVも見てみました。

 話しはだいぶん進んでいて、無残側の精鋭である上弦の月が呼び集められて、その内の半天狗と玉壺が刀鍛冶の里を強襲する話し。

 率直に言って近年のヒットマンガは、ややグロい場面が多くてどうかなという気もしましたが、悪役側のキャラが立っていて面白く見ました。

 半天狗の首を切られる度に分裂して喜怒哀楽の4体になった時が最強というのはなかなかでした。切ると分裂して始末に終えないという設定は古今のファンタジーやアニメで時々見かけますが、それの凝ったヴァリエーションです。

 これの直前に2体を同時に倒さないと倒せないというのが居たようで、炭次郎側はそこからの推理で倒す方法を探ります。

 玉壺の方は、弱いクローン体を量産したり、テレポート術を使用したりする変化球系ですが、これも面白いキャラ設定と思いました。

 二夜連続の一夜目を見るだけでも結構お疲れになり、二夜目は未視聴です。近日完結予定。

4月のNHK杯囲碁トーナメント

 開幕しました。

 最近、開幕戦の解説者は前年度優勝者のようです。今年は一力棋聖。聞き手の安田さんのデビュー回ということで、一力棋聖が随分と気を使って解説している様子が伺えました。

 一力解説としては、今までで一番良かったのではないでしょうか。なまじ手が見えすぎるだけに説明不足になりがちだったのが、安田さんに気を使って丁寧に説明するようにしたのが功を奏した感じです。

 碁の方は好青年平田八段が、高尾九段を破りました。手処では碁盤に覆いかぶさるようにして熱心に読む姿が印象に残りました。前半は高尾九段が手厚く打ってペースをつかんでいたように思いましたが、左下の大石を捕ってしまってからはずっと平田君が良かったようです。

 これでNHK杯の通算2勝目。今年も二回戦では志田八段とです。

 コメントを聞いていて、安田さんって、石を捨てるのが嫌いなんだなぁと思いました。え、そこは関係ない?

 二戦目は進境著しい小池七段と鶴山元講師です。鶴山先生が聞き手の安田さんは一緒にやっていた仲なのでやさしくフォローしてくれるはずと言っていたのには安田さんも少し苦笑い。

 案の定、序盤から下辺で鶴山先生の石が頓死して形勢を損ねてしまいました。安田さんは特にフォローするでもなく淡々と進めていました。

 解説は富士田七段でしたが、小池七段と同門なのですね。そういう事情での登板でしたか。富士田先生はまだ七段ですが八段解説者五人衆に準ずるくらいのポジションにいるように思います。新人王、若鯉戦を制して若手の中では一目置かれる存在。解説の方はまだまだこれから上手くなっていくことでしょう。

 第三週は、少し久しぶりの張豊猶先生と羽根先生。解説は一力棋聖の師匠として近年存在感を増した宋光復先生でした。

 どちらかと言えばコトを好む張先生と、穏やかな碁を好む羽根先生の組合せ。穏やかな手段を選んでも遅れないことが判断できれば穏やかな手段を選ぶ羽根先生の明るさと手厚さが出て中盤からはずっと羽根先生が形成よしで、作る所まで行きましたが3目半の黒勝利でした。家内が3目半は接戦なの?と聞くのですが、アマの碁ならそうですが、羽根先生にとってはセーフティーリードだったのではないかと感じました。

 宋先生の出番としては、やはり一力戦に出てきて一力棋聖の人となりを紹介してもらうのが良いかなと思いました。普通の解説者としては、普通の出来でしょうか。

 4月最後は、若手の実力派の大竹7段が、本人もまだまだ若手なのに「相手の熊木2段は勢いのある若手と言う認識です」とコメントして驚嘆。20歳から見れば18歳はやはり若手なのですね。

 解説は熊木2段が関西棋院の院生時代の師範だったと言う瀬戸八段。瀬戸-安田の組合せは少し前の囲碁講座なので、安田さんとしては安心して話せるようで落ち着いた聞き手ぶりでした。

 碁の方は前週の羽根先生に続いて穏やかな碁を好む大竹七段の黒番なので、若手同士にしては落ち着いた碁になりました。落ち着いた碁を得意とする大竹七段がじわじわとリードを広げて終盤で中押しとなりました。

 途中で瀬戸先生が、NHK杯の関西棋院の枠は12名と言われていて、ああそうなのかと思いました。

 今年の出場者を見ると、結城、村川、瀬戸、佐田、呉、谷口、洪、西、沼館、田中、熊木で11人。あれ、誰か見落としているようです。表二段って、関西棋院なのですか。知りませんでした。あとトーナメント表に余さんがいませんね?

 そうか、今村先生も清成先生も関西棋院内の世代交代の波に呑まれて出てこれないのですね。