感想

この三巻がシリーズ中では一番弱いという書評を複数見たことがあるが、個人的には今までの三冊で一番おもしろかった。
ただし、弱いと言うのも良く分かる。この巻の前半は特に物語のダイナミズムが弱く、また全体に非常に沈鬱である。自分が死者であったのではないかという疑いから離れていくドルカス。アルザボに襲われて息子一人しか生き残れなかった一家。その息子も、結局、呆気なく一命を落としてしまう。あまり楽しい巻とは言えない。
その一方で、この巻の前半は良質のファンタジーRPGの資料集を読んでいるかのような素晴らしい世界の質感がある。「ルーンクエスト」の「ゆりかご河」を思わせる‥と言うのが小説への誉め言葉として適当かどうか分からないが一番わかりやすいだろうか。
スラックスの街の姿は詳細に描かれている。良くあるファンタジーでは主人公まわりの人物だけがヴィヴィッドで、あとの世界の日常生活を送る庶民は書割のようにリアリティも厚みもないことが多い。ところが、この作品では質感がかなりあり、リアルに感じられる。
それだけに、スラックスを呆気なく離れなければならなくなるのは意外だった。
さらにサラマンダーやアルザボや這う暗闇のような異世界らしい怪奇生物が次々に登場するのもファンタジーRPG的である。後半は駆け足になり、いささか場面転換が早く個々の場面の厚みやリアリティは落ちるが、ついにSF的なサイエンスの部分が重要な局面で表舞台に現れ始める。
なるほど、これはファンタジーの見せ掛けで始まってしっかりSFになって終わりそうだ‥という雲行きになってきたところで三巻は終わってしまう。山田正紀の「宝石泥棒」と似たような作り方だろうか。どう収束するのか四巻が非常に楽しみになってきた。
この巻は非常に高く評価できると思う。