☆爆発物処理班の遭遇したスピンを読む

 久しぶりの佐藤究です。

 こちら以来。

bqsfgame.hatenablog.com

 今回は短編集。主として小説現代からです。講談社の本です。

☆爆発物処理班の遭遇したスピン

 タイトルそのままですが、量子スピンを利用した起爆装置で、一方を鹿児島市に、他方を米軍基地に送り付けます。一方を観測することで他方のスピンが確定し、その結果、どちらかが爆発するという正に量子論的爆弾テロ。

 その片方を米軍基地に送り込んだので、鹿児島側を処理するために観察すると米軍基地内で爆発するかも‥、さぁどうするという余興です。

p59

 前略 ナイフとフォークが、幽霊のように同時に存在しているのです。

 結果は、観測された瞬間に決まります。一方の箱をあけたとき、ナイフが現れたとします。これは重ね合わせが破れて、確率の波が収束した瞬間です。そのとき、もう一方の箱の中身は、たとえふたを開けなくてもフォークに決まります。

☆ジェリーウォーカー

 集中の白眉。

 人為的に変異させた危険生物の話しです。

 マーティンの「サンドキングズ」を思い出しました。

 本作の主人公は、シド・ミードもかくやというエイリアンデザインのトップアーティスト。彼の描くエイリアンの迫真性は、実は彼がそういったエイリアンを自分で作成して現物を観察しているからだというのです。

 その彼が新たな傑作をどうしても必要として、狂暴な火喰い鳥と猛毒のクラゲを掛け合わせて最凶の危険生物を作ります。生憎と孵化直前に講演会の仕事が入って出張に行って帰ってくると、案の定、孵化した危険生物は留守番の友人を殺して逃走しています。

 クラゲは英語ではジェリーフィッシュですので、これが二足歩行するとジェリーウォーカーな訳です。

 彼は責任を自覚して立ち向かいますが、折角の作品を無駄に殺すことはできず、作品との対決映像を撮影して残します。彼の上司が彼のオフィスに来た時に、この映像だけが残っていますが、社長は警察には届けますが映像データのメモリースティックはポケットに隠し持って帰ります。

〇シヴィルライツ

 公民権です。

 暴排法の施行で、すっかり商売あがったりの新宿歌舞伎町の暴力団の話し。

 金に困って借金の回収にいくためのベンツも売却して50ccで行っています。主人公は、その貴重な50ccを盗まれてしまい、その落とし前のために指を落とすことに。

 この組ではワニガメを飼っていて、ワニガメの口の中に10秒間指を入れるのが落とし前です。運よくワニガメが口を開いたままなら助かるという話しです。

 しかし、助かるものは滅多におらず主人公は助かるために若頭が苦手な蛾を胃の中に仕込んでおいて決定的な場面で口から吐き出して飛び立たせる細工をします。指も怖いけど、この細工をするのも相当に怖いと思うのですが。

△猿人マグラ

 夢野久作の「ドグラマグラ」のオマージュです。

 福岡県に住んでいながら夢野先生を知らないという不届きな主人公の話し。しかし、小学校時代に、近所では「猿人マグラにされちまうぞ」という脅し文句が流行っていたという記憶が。この猿人マグラが実在するかどうか調べていくと、当地で神隠しにあった子供たちが連続人体実験にあっていたという事実を突き止めてしまいます。

〇スマイルヘッズ

 主人公は、あるシリアルキラーが収監後に描いた絵画を集めるコレクター。シリアルキラーは往々にして収監後に芸術に目覚め、少なからぬ作品を残すという。

 当該作者はイルカ人間の肖像画を多数ものにしたが、一点だけ立体作品ドルフィンヘッドを残したという。この貴重なドルフィンヘッドを買って欲しいという申し入れがあって、持ち主の所を訪ねるのだが、実は持ち主は立体頭部を集めているコレクターで、主人公は微笑んだまま首を斬られてスマイルヘッドにされてしまうという戦慄の結末。

〇ボイルドオクトパス

 主人公は雑誌に引退した殺人担当刑事たちの生活を連載しています。その一環として韓国の刑事までは書きましたが、LAPC(ロス市警)の引退刑事がインタビューに応じてくれるという話しが浮上し急遽渡米。

 いかにもというタフガイが出てきてセカンドハウスに招かれるのですが、そこで蛸を出されて、これを調理して食えと強要されます。

 イエローブラッドなら食えるだろうと言われ包丁と俎板を貸され、おろおろしているとボコボコにされてしまいます。朦朧とした意識の中でパトカーのサイレンが接近してくる音が聞こえて九死に一生を得ます。

 刑事はバリバリの白人至上主義者で、セカンドハウスの下からは殺された黒人の白骨死体がゴロゴロ出てきます。

☆九三式

 と聞いても判りませんが、九三式火炎放射器のことです。

 戦後直後、帰還軍人の主人公は金に困って米軍のアルバイトを引き受けます。夜の横浜で野犬狩りをするというのです。

 ところが、大岡川のほとりのバラックに行くと、駆り立てるのは野犬ではなく浮浪少年たち。それも、DDT噴霧器で追うのではなく、火炎放射器で追って焼き殺してしまうという恐ろしい話しです。

〇くぎ

 横浜少年鑑別所に入れられた少年。

 どうせ、お前みたいなのはここを出ても何度でも戻ってくるんだと決めつけられ、そんなことはないと心に固く決めて出所します。

 しかし、就職した独身寮付の塗装屋は、気が付けば外国人ばかりになり、その一人が警察官に職務質問されたことから事態は急迫します。塗装工事の客の家で、母親に暴力を揮う息子と衝突し、家の中に入ると息子は行方不明の中学生を家に拉致監禁していることを発見してしまいます。

 

 ヴァイオレンスの多重奏みたいな短編集で、後味はすごく悪いのですが、それでもどれも読み始めるとページを捲り続けてしまう魔力を秘めています。