話しをNWAに戻そう。
NWAは南部を中心に全米に広がる団体と言う認識だった。
しかし、そのような広範な地域を総括する組織が古くからあった訳ではなく、実際にはそれぞれの地域のプロモーターがいて、彼らが緩やかな連合体を作って統一した王座を管理していたと言うことのようだ。
NWAの最後の牙城になったのは、ジム・クロケットジュニアのノースカロライナ組織である。いわゆるクロケットプロモーションズであり、WCWの直接の前身団体となって消滅した。テリトリーとしては南北カロライナ+ヴァージニアくらいのイメージだったようだ。
傘下のレスラーとしては、なんと言ってもリック・フレアーが有名であり、そのライバルとして域内ではリッキー・スティンボートがいた。その後の時代のエースがスティングになり、その盟友でライバルでもあったのがレックス・ルガーである。
WWFの全米侵攻に当っては、フロリダのダスティー・ローデス陣営や、オクラホマのビル・ワット陣営、テキサスのフリッツ・フォン・エリック陣営と共闘したが、最後にはWWFの斬新なメディア戦略に敗北したと言う整理だろうか。