×感染症の世界史を読む

時節柄、読んでみようかと思い図書館です。

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p28

なぜアフリカの奥地からエボラ出血熱のような恐ろしいウィルスが出現したのだろうか。生物多様性保護科学団体「エコヘルス連盟」は「新興感染症の75%は動物に起源があり、森林破壊によって本来の生息地を追われた動物たちが人里に押し出されて病原体を拡散させるようになった」と警告する。

p30

エボラウィルスはきわめて変異を起こしやすく、今回のウィルスは10年前にシエラレオネで採取されたウィルスと比較すると、すでに遺伝子の395カ所で変異が見つかったという。変異の速度は鳥インフルエンザウィルスの100倍も速いという。

p49

ウィルスが哺乳動物の胎児を守っていることも明らかにされた。遺伝形質の半分は父親に由来するもので、母親の免疫系には異質な存在だ。通常なら免疫反応によって胎児は生きていけないはずで、長いこと謎になってきた。(中略)

拒絶反応を引き起こす母親のリンパ球は、一枚の細胞膜に守られて胎児の血管に入るのが阻止されていた。1970年代に哺乳動物の胎盤から大量のウィルスが発見された。1988年に、エリック・ラーソン博士らによって細胞膜は体内にすむウィルスによってつくられたものと突き止められた。ウィルスは生命の本質部分をにぎっている。

p55

 人と微生物の世代交代の時間と変異の速度を考えると、抗生物質と耐性獲得の追いかけっこは圧倒的に微生物側に分がある。(中略)

ウィルスの進化の速度は人の50万~100万倍にもなる。

p77

ガーナなどでは食用の対象となる41種の大型動物が1970~98年の間に76%も減少したという。(中略)

こうした野生動物の狩りのときにかまれたり、解体時に血液から感染する。

p77

ハシカ、おたふくかぜ、天然痘などは、ウィルスが生き残るために一定数以上の集団が必要だ。都市化の進行で定住地域がこの水準に達すると新たな大流行が出現した。

p79

産業革命の時代を物語るのはコレラであろう。もともとはインドのベンガル地方の風土病だった。世界的大流行は1817年にカルカッタからはじまった。

英国軍の侵略とともに東南アジアへ運ばれ、1826年にロシア兵の間に流行し、5年後にはバルト海沿岸に達した。

p82

1858年にペリー艦隊の一隻、ミシシッピ号にコレラ乗組員がいたため、長崎に寄港したときにコレラが発生した。(中略)

911年のコレラ死者数は37万人を超えて、日清・日露の死者数をはるか上回った。政府に対する不満が高まり、コレラ一揆が発生した。

p83

古くはペロポネソス戦争のさいに大流行した。アテネは籠城作戦で対抗した。

籠城のために人口密度が高まった城内で感染症が発生し、城内の三分の一が死亡するという最悪の結果を招いた。天然痘とも発疹チフスともペストともいわれる。(中略)

もっとも悲惨なものは、クリミア戦争で、英国は二万人以上の死者を出したが、その三分の二は戦病死であり、コレラ、猩紅熱、天然痘、ハシカなどの感染症だった。

 p89

シルクロード、さまざまな病気も人や家畜とともに運ばれていった。西から東には天然痘やハシカ、東から西にはペストだった。免疫がなかったために、双方で大流行を招くことになった。

p93

大流行の置きみやげ。十四世紀のペスト大流行で欧州の人口の3割~4割が死亡した。多くの農村が無人になり、荘園領主と農民の力関係が逆転した。年貢を納めていた農民が、逆に賃金をもらって農耕することが一般的になり、中世社会が崩壊する原動力になった。

p95

1666年にロンドンは85%が消失する大火に見舞われ、復興でレンガや石造の建築が義務化され、ネズミの生息場所が減ってペストも収まった。

p100

スペインの征服者は、さまざまなヨーロッパの病気を新大陸に持ち込んだが、なかでも深刻な影響をおよぼしたのは天然痘とハシカだった。コルテスは、アステカ軍に対して敗走寸前だった。しかし、最後の総攻撃がいつまでたっても攻めてこない。首都に入って目にしたのは、何者かに攻撃され壊滅した街だった。街は天然痘による死者で埋め尽くされていたのだ。

 p102

感染症は当初、偶然持ち込まれたものだが、絶大な効果に驚いた欧州人は病気を意図的に利用した。ハシカ患者の衣服を与えるなどの「細菌戦」を行ったのである。

 p145

WHOによると世界のガンによる死亡の20%は、性交渉から感染するウィルスが原因としている。セックスはタバコ並みに危険だ。

p180

渡り鳥は年二回の繁殖地と越冬地の移動でウィルスをばらまいていく。ウィルスの乗り物としてはもっとも広範囲のネットワークを持っている。

p190

二十世紀に入って、新亜型インフルエンザの発生は5回あり10~20年周期で発生した。スペインかぜ、アジアかぜ、香港かぜ、ソ連かぜ、5回目は2009年にメキシコからはじまって、WHOは28万4500人が死亡したと発表した。

p200

鳥インフルエンザが、なぜ近年になってこれほどまでに猛威をふるいはじめたのか。カリフォルニア大学サンタクルーズ校は、地球環境の変化と見ている。

ラムサール条約事務局は、過去半世紀に世界の湿地の50%が失われたと発表している。

この結果、カモなど水禽類の越冬地は過密になっている。水田地帯では増産圧力から休耕せずに通年耕作するようになって餌場が縮小してきた。これらによってカモのウィルス感染機会が格段に増えたという。

p203

世界で飼われている鶏は10年間で3割も増えた。自然光や外気がほとんど入らない閉鎖式の鶏舎で、身動きできないほど多数の鶏を狭いケージに詰め込む。(中略)

豚の飼育現場も鶏と変わらない。メキシコで出現した新亜型インフルエンザは、巨大養豚場が、発生源だったと見られる。

p206

世界のエイズの新規患者数はようやく頭打ちになり、話題にものぼらなくなった。しかし、依然としてアフリカでは最大の死亡要因であり、発展途上地域に限ると世界で死亡原因の二番目だ。

p224

ウィルスが本来の宿主と近縁種に感染すると、しばしば凶悪になる。本来の宿主にとって近縁種は食物やすみかをめぐってライバルになる。ウィルスが凶悪化して近縁種を排除してくれれば、本来の宿主の利益になる。

 

こうして抜き書きしてみると、非常に興味深い科学知識や歴史エピソードに溢れた本だと思います。

断片的な材料は良いのですが、本としての全体のストーリー性やメッセージ性は薄く、リーダビリティも低いと言わざるを得ません。小説ではないので仕方がないとも言えますが、書き慣れていてない作者はともかく、2400円という価格設定で本を売る出版社は、もう少し努力をするべきだったのではないかと思います。再読することはないであろうという意味で「×」としました。トリビア知識の情報源としては薦められます。