☆寄港地のない船を読む

ハリスンの盟友、オールディスです。

竹書房文庫から突如として訳出され、当時から大いに気にしていましたが、ようやく。

世代宇宙船テーマの傑作という評判に間違いはありません。これが1970年代に訳されていたら、SFファン必読長編としてSF入門書で推されていたことでしょう。

f:id:bqsfgame:20220331093141j:plain

「宇宙の孤児」の影響下にあるというのは本作については非常に納得感のある説明です。

しかし、そこはイギリスのニューウェイブの中心を成したオールディス、一筋縄では行きません。

主人公たちは、宇宙船後部の居住区に住んでいます。第二部は死道(支道)で、主人公たちは伝説の船長がいるであろう前部に向けて旅に出ます。

文明は後退し多くの知識が失われていますが、少なくとも自分たちが船に乗っているという認識だけは語り継がれています。

冒険に出てしばらくしてから、

p127

近づくにつれ、それが二枚のガラス・ドアの向こうにある広大な部屋の中で輝いているのがわかってきた。そのドアに着くと、足を止めた。ドアの上に、「水泳プール」という標識があり、なんのことかわからないまま、彼はそれを口に出していってみた。

船内にプールがあるほど巨大な宇宙船。そこで、知識が失われた後に冒険すると、プールがどれほど異世界であるかを丁寧に描写しています。

p155

すでにワンテージは、前方でもがいていた。コンプレインは奇妙な無力感をおぼえた。体の精密なギアがはずされてしまったのだ-まるで水中を歩こうとしてるかのようだ。それなのに、説明のつかない浮遊感があった。頭がくらくらした。耳の中で血が吠えた。

今度は無重力ゾーンに入った描写です。この知らない者たちにとってそれがどれほど不思議なものかを丁寧に描写している所がオールディスの芸の丁寧な所です。

p156

彼はなんといっただろう?「足が手に変わり、虫みたいに空中を泳ぐ場所」だ。とすると、あの老ガイドはこんな遠くまできていたのだ!

無重力空間の丁寧な描写の後に、頭のおかしい老人と思っていた男から聞いた描写を思い出して、彼がここまで来ていたことに気づく描写です。これもオールディスの丁寧な芸です。こうした言い伝えを追って旅する主人公たちの冒険は、かの名作「宝島」を彷彿とさせます。あとは地図が出てくれば完璧だったでしょうか。

p225

「そういうわけで、若者よ、これがきみの質問に対する答えだ。この缶が証拠となり、船がプロキオンの惑星へ無事に到着したのは火を見るよりも明らかだ。われわれはいま地球へ帰還する旅をしているのだ」

驚愕の発見です。

考えてみれば、宇宙船がまだ往路を飛んでいるという根拠は何もないのですが、プロキオンへ向かう世代宇宙船だという発見から、当然、往路を飛んでいるものだと筆者も思って読んでいました。違うのです。もう着いて、植民者や資材をほとんど降ろしてしまい、空船に近い状態で復路を飛んでいるというのです。

p226

『わたしは本船の復路の第四代船長である。しかし、この称号はいまでは皮肉にすぎないから、総督と名乗ることにする。』

中略

「これでわかったね。最初の三人の名前は失われているものの、巻物のなかには、地球へ帰りはじめてから、何世代がこの船の上で生きてきたかの記録がある。その数は23だ。」

ますます愕然とします。次なる疑問はいつ地球に着くかですが、その回答によれば船はとっくに地球に着いていなければならないということが判ります。

p270

調査部門のジューン・ベスティ-聡明ながらうぬぼれの強い小娘。強度の広場恐怖症のせいで、プロキオン第五惑星の夫と別れるほかなかった-は専門用語を使わずに出来事のつながりを説明してくれた。タンパク質はアミノ酸が複雑に凝縮したものだ。アミノ酸は塩基であり、結合してペプシン連鎖の形でタンパク質を形成する。既知のアミノ酸は二十五種類を数えるのみだが、タンパク質の組み合わせは無限である。不幸にして二十六番目のアミノ酸が、プロキオン第五惑星の水のなかに出現した。それは致死性のウィルスの媒介物となった。

復路で発生した災害について、かなり丁寧な説明が成されます。

新種ウィルスではなく、タンパク質自体の問題と言うのは、後にイギリスで発生する狂牛病を予見しており、非常に興味深いです。

p280

「わからないの!その旅は七世代で終わるはずだったのよ!それなのに、わたしたちは二十三番目の世代!地球をとっくに通り過ぎてしまったに違いないわ」

復路だというだけでも衝撃でしたが、なんと既に地球を通り過ぎたのではないかと言う絶望的な推論。

往々にして名作では作者は主人公たちに対して徹底的に残酷になるのですが、本書のオールディスもかなり苛烈です。

ネタバレ注意です

p374

「きみたちが知っている例のウィルスを生き延びた乗組員は、新陳代謝の割合を増大させた。世代を重ねるたびに大きくなり、いまきみたちは、ひとり残らず本来の速度より四倍の速さで生きているんだ」

オールディスは意外と心優しかったのでした。

結論として主人公たちの種族は4倍加速で生きており、宇宙船は地球を通り過ぎてはおらず、今まさに到着する所でしたと言う謎ときになっています。