☆異常を読む

 昨年の星雲賞海外長編部門候補作の一つです。幸いにして図書館。

 フランス製のスリップストリーム

 同じエールフランス便に乗り合わせた総勢11人の群像劇です。

 同便は3月に離陸し、予定通りにニューヨークに着陸しました。

 ところが、3か月後の6月に同機は再びニューヨーク上空に出現し、非常事態としてワシントンの空軍基地へ着陸します。

 乗っている乗員乗客は3か月前に着陸した同一人物と、まったく識別不能な同一人物。FBIは、3月に着陸した方をデイヴィッド・マーチ、6月に着陸した方をデイヴィッド・ジューンのように識別し、様々な調査を重ねていきます。

 いくら調査をしても識別はできず、強いて言えば3月に着陸した方は3か月間余分に生活して老化しているくらいです。

 当局はついに覚悟を決めて本人同士を対面させます。

 ここから先は文学の一ジャンルをなすアイデンティティの問題に肉薄する小説となります。いろいろなケースが生じるのでそのために登場人物を11人も用意したのかと感心させられます。

 二人の母親の一方を選ばされる息子。3月側がすでに自殺しているケースなど、思考実験として非常に難しいケースが次々に描写されます。読み応えは十分で、小説としては非常に面白いです。SFかと問われると、SFと無理に呼ぶ必要はないかもなと思いますが、隣接領域の重要な問題作として、これが星雲賞候補に挙がったのは日本のSFファンはお目が高いと思います。

 テイストとしては、プリーストの「魔法」や「双生児」に近いです。スリップストリームだし、主題がダブル(重複した人間)ですから。

 ただ、その考察する方向がずっと純文学よりであることは確かです。

 特にSF的な種明かしはありません。

 エンディングでは、プロジェクトは6月のメンバーがエールフランス便に乗った履歴を抹消した上で、新たな履歴を与えて解放します。

 で、最後の最後に、なんと米国航空運航局に3機目の当該エールフランス機が出現したことが伝えられ、大統領は当該機を撃墜する指示を出して終わります。

 本編の主題とは関係ありませんが以下の一節がゲーマーとしては大いに感銘を受けました。

p323

 この建築家は母と子を南仏の別荘に招待した。そこでアンドレはある晩、屋根裏部屋から古い箱を持ってきて、「ダンジョンズ&ドラゴンズ」の遊び方を、つまりいろいろな世界や城のつくり方、キャラクターになりきる方法、シャチやモンスターとの戦い方を教えてくれた。

 それ以外ではフランス人が書くから笑える一節として、

p248

「大統領、マクロン大統領に連絡を取りました。」特別顧問が呼び掛ける。

「フランス人とはソリが合わん。とくにあいつとは。だが、しかたない。ジェニファー、あの生意気な小僧につないでくれ」