☆どこからなりとも月にひとつの卵を読む

 マーガレット・セントクレアの短編集。
 1980年のサンリオSF文庫。もう44年も前なのですね。

 なかなか面白かったので再読したはずですが、それも記録にありません。きっと30年くらい前のことですね。
〇「空を変えよ」
 宇宙を旅する主人公が安住の地が見つからず、世界制作デザイナーに頼んで作ってもらおうとする話しです。オチはあまり切れがありませんが、途中までのテイストは良い感じです。
△「ボーリョー」
 金髪の女性とのドライヴに出る話ですが、ボーリョーというどこにあるか判らない目的地。どうやら女性は知っているようなのですが、同情するとアクセルを下まで目一杯踏み込まれて、もしかするとそれはあの世にあるのかも‥。
☆「結婚の手引き」
 電気を発生でき、それを利用した究極の快感をもたらす性行為をするエイリアン、ドルフ。その快楽の実態を知るために、彼らの結婚手引き書を入手しようと試みる一連の探検家たちの話し。ついに手に入れたので渡したいと言われて到着してみると、彼の代わりに冴えないドルフがやってきます。どうやら彼はドルフになったらしいというのです。
 ちょっとディックの「おお、ブローベルになろう」や、エリスンの「声なき絶叫」を思わせます。
☆「預言者の時代」
 アフターホローコーストものの中編。集中の白眉。
 主人公は透視能力を持つ若者。育ての親は彼の能力を利用して教祖様に仕立て上げようとします。年に一度の能力者が集まって信徒を集めるフェスティバルみたいなものがあって、そこに行って他の能力者のインチキを見破ることから始めます。
 なんか、「トリック:霊能力者バトルロイヤル」みたいな話しで楽しく読めます。
 実は育ての親は祖父と名乗っていましたがそうではないことが暴露されます。
△「さればわれらの挨拶をさけ」
 人道的な最終兵器として開発された「反発」電波が使用された世界。
 人は人との距離をできるだけ広くとらないと脳髄が焼き切れてしまいます。
 奇妙なことにこの電波を受けた人間は、一斉に一定時間ごとに効果が反転します。つまり、逆に人間同士密着しなければ気が済まなくなるのです。この効果によって‥。
×「古風な鳥のクリスマス」
 うーん、これはさっぱりわかりませんでした。
☆「ダミー」
 今回読んでみて、思っていた以上にPKディックみたいなテイストが強くて驚きました。中でも本作が筆頭。
 なぜかは不明ですが、シリウスに向かう宇宙船の中です。
p188
 第二の変貌はディナー時に起こった。船長が―全員が船長の正体を受けて席に着いていた―素敵な、興味深い声で話していた。ミス・アバーナシイはうっとりと耳を傾けていた。船長は彼女が知り合いになりたいと願ってきたのに近いタイプの男性だった。ものをよく知っている。行動力がある。自分の考えというものを持っている。もう結婚しているのは間違いない。でも―まあ―かまやしない。プーリイ氏みたいな、ありきがりのでくのぼう(ダミー)の一人と結婚するよりは、よっぽどました。彼が結婚していたってかまわない。第二夫人になればいい。
「われわれはちょうどいま、宇宙の並外れて興味深い領域を通過しています」と船長は言っていた。
「水素ガスと微細な塵の巨大な雲のふちをかすめようとしているのです。地球の基準からみれば、このガスの雲は実に希薄なものです-立方センチメートル当りの水素原子の数は約十個-中心部ではその十倍ないし百倍の密度になります。ところが、この雲は強い時期を帯びているのです。実際、恒星間の磁力系列の方向に相当長く引き伸ばされています。ときおり、興味深い現象が起きます」
「それは危険ですの?」ミス・アバーナシイは期待をこめて身をのりだした。
「全然。ただ興味深いのです。地球の基準からみれば、このガスの雲は実に希薄なものです-立方センチメートル当りの水素原子の数は約十個-中心部では‥‥」
 あら。とミス・アバーナシイは気づいた。この人、同じことをそっくり繰り返している。他の人よりものをよく知っているとか、考えがあるというわけではないのだ。
「ときおり、きわめて興-」
 単語なかばでストップした。ミス・アバーナシイは一種うしろめたい予見をもって身をのりだした。見守るうちに、おが屑がひとすじ、鼻のわきからこぼれ落ちていった。

 という具合に宇宙船内の人間は一人また一人と子羊皮におが屑を詰めて縫い合わせたダミーであることがわかっていくという戦慄譚です。
p199
「でも、船をシリウスのそばのどこかへ行かせたいとしたら?その場合には、することがいっぱいあるんじゃありません?新しいコースを算出するとか」
「ぜーんぜん。あそこに舵輪があるでしょう?」彼は指さした。「主要な構成の一覧表が刻み込まれましてね。舵輪を目指す星にセットするだけでいいんですよ」
p201
 彼女は室内の灯りをつけた。舵輪がもっとよく見えるようになった。連動部分がゆるんでいるようだ。指先でコードをたどってみた。
 まさか!コードはどこにも接続されていなかった。今までもずっとそうだったのだ。

 と言うように今まで信じていた世界が崩壊していく感触はディックそのものです。
〇「地球のワイン」
 カリフォルニアのワイン醸造家の所に異星からの来客が来ます。彼らもワイン醸造家だというのです。この設定がぶっ飛んでいます。どこからこんな変な設定を思いついたのでしょう?
自分の所の自慢の一本を飲ませますが反応はさっぱり。しからばと息子がプレゼントにくれた極上のボルドーを出します(自分で味見したら申し分なく地球代表として出せる出来)が、それでもパッとしません。
 最後に彼らが自分のワインを味見させてくれるのですが、それを飲んで納得します。地球のワインなど比較にならない美味だったのです。彼らは去り際に貴重なその一本(彼らも3本しか持っていない)をプレゼントとして置いて行ってくれます。しかし、主人公は老い先短い自分に、このワインを飲むのにふさわしいほどのイベントが残っているだろうかと危ぶみます。
〇「ある解答」
 ロボットもの。
 地球には人間は数えるほどしか生存しておらず、ロボットたちは彼らに奉仕するために存続しています。主人公は自分もロボットだと思っていたのですが、メンテナンスしてもらおうとすると出血することで自分が実は人間だと知ります。
 しかし、人間としてロボットたちを使役する生活に悩んでしまい、ロボットに改造して欲しいと願いますが、そんなことは技術的にもロボット三原則的にもできません。
 最後にロボットの部品洗浄のためのエチルアルコールを水割りにして出してもらい飲みます。これが「解答」です。
〇「深夜勤務」
 アメリカのナイトシフトは日本と違って、一年中ずっとナイトシフトです。日勤者がナイトシフトを務めることはありません。ですから、極端なことを言えば、同じ工場に勤めていても別の工場で働いているような隔絶があります。
 本作では長年ナイトシフトを希望する人物が夜に工場内を徘徊する「なにか」と出会い続けているというそれだけの話しです。
 それだけであるにも関わらず日勤者からみると別世界の話しのように聞こえるという感じを上手く出しています。
〇「アイアン砦」
 本書を発掘するきっかけとなった先日のアンソロジーで読んだ怪作。
〇「街角の女神」
 概して、ちょっと怖い路線の奇妙な味わいが多い本集において、珍しく魅力的な女神が登場します。老衰で寿命が近づいているアフロディーテを街角で拾ってしまい面倒を見てやると恩返しをしてくれるという話しです。しかし、寿命間近な彼女の神通力には賞味期限があるという話しです。
☆「どこからなりとも月にひとつの卵」
 日本語版での表題作。
 卵連合から月に1個の卵が届き、それを孵化させるという仕事とも趣味ともつかぬ作業に没頭する主人公。今月の卵は孵化器に入れると大きくなっていきます。卵に付属する説明書にはそのような記載はなく、この卵は不良品ではないかと疑います。
 しかし、ある朝、卵の表面に皹が入り、中から嘴で突いて開けるものが。
 ですが、開いた卵を見ても中からは何も出てきません。
 その晩、主人公は体を得ることができなかった雛に食い殺されてしまい、雛の体を形成するのに利用されてしまいます。
 可愛らしいオープニングから意外なほど後味の悪いエンディングに繋がる怪奇作品です。確かにインパクトあるのですが、これを表題作にされると短編集全体の評価にも響いているような気がします。
☆「日々の死」
 集中の最高傑作!
 主人公は開戦して数日の最前線に従事する兵士。敵との暗黙の合意で日が暮れたら全面的に休戦です。そして夜の間に、治療を受け、トラウマになる記憶を消去され、明日もまた開戦直後の作戦に従事するのです。
 先週、彼は恋人が負傷して入院したという手紙を受け取っており、思い立って彼女の見舞いに行くのですが‥。
 戦争SFの最高傑作と呼んでも言い会心作です。
p363
 そこには、彼らが必要とする治療が待っている。そこに戦士たちが見るものは、医療ロボット、精神安定剤、記憶抑制剤、どっぷり浸る催眠療法。何にもまして、あいつぐ治療の終わりに支給される二カプセルのネドラドルム、これが彼らのめいめいに七時間の夢一つ見ない眠りを保証してくれた。
p367
「どうして?」と彼女はほとんど拗ねたように答えた。「大勢の人が死んだのよ」
「この病棟にはあともう一人しか患者はいないよ。いったい何のことをいっているんだい?」
「前には満室だったのよ」
「それは、きみがここに来たばかりの頃にはってことかい?そんなに大勢の負傷者は出ていないよ。戦争が始まってまだほんの二、三日じゃないか」
 彼女は目をつむりながらいった。「あなたは記憶抑制剤を連用している。信じてもらえるとは思わないわ。でも、戦争はもう十年以上も続いているのよ」
 彼はしげしげと彼女を見た。もうこれ以上とどまって耳を傾けてはいられない。どうにも耐えられなかった。
「さよなら」と彼は大声でいった。
〇「ラザロ」
 食肉培養施設でVIPの見学者たちに説明する工場担当者の話しです。
 筋肉細胞だけを培養して食肉として提供しており、それにより生きている家畜を殺して食することはなくなりました。
 見学者に「この肉は何も感じないのですか?」と質問されて、感覚器も伝達神経も判断する脳もないので感じるはずがないと答えます。
 が、その直後培養層から人型のものが立ち上がって見学者たちに大声で抗議する‥という驚愕の結末を迎えます。
 ちょっとティプトリーの「接続された女」を思い出しました。
 本当に久しぶりに読み直しましたが奇妙な味わいの小品がずらりと並んだ素敵なショーケースです。もちろん入手至難品なのですが、それでもこれはお薦めの作品集と思います。竹書房さん再版してくれないものでしょうか?