☆ドゥームズデイブックを読む

 昨年9月に再読した時に、あまりに良かったので年末年始にでも三読しようと机の脇に積んでおきました。結局いまは8月、ほぼ一年ぶりになってしまいました。

 上巻のほとんどは未来パートのインフルエンザの話しです。ダンワージー先生と、中世史科のギルクリストの対立。その中で急遽、降下を担当したバードリが最初に倒れてしまいます。倒れる時にダンワージー先生に「なにかがおかしい」と言ったのが原因でダンワージー先生は何がおかしいのか徹底的に調べます。しかし、非協力的(と言うより妨害的)なギルクリストのせいで、全然しらべが付きません。バードリは重態に、キヴリンが正しい降下ができたかどうかは不明、学部は病気のせいで隔離封鎖されてしまいます。
 結局、なにがおかしかったのかが判るのは下巻に入って百ページくらい進んでからです。なんとギルクリストの技術者を信用できないとしたダンワージー先生の意見でバードリは熱病にうなされた状態で全部のデータを再入力し、その時に大きな間違いを犯してしまい1320年の予定が、ペストがオックスフォードに達した1348年にキヴリンを送り込んでしまったことが判明します。
 作中では未来と中世を視点が往復しますが、同じタイミングでキヴリンも何年にいるかを知ります。
 そしてキヴリンは自分にできる限りのことをしてギヨーム卿の家族をペストから守ろうとします。しかし、前回も書いたように彼女の努力はヨーロッパの1/3の人間を殺した大疫病に対しては蟷螂の斧に過ぎず、家族は一人また一人と感染し、残念ながら亡くなっていきます。
 結果から振り返ると、キヴリンをペストの年に送り込んだのは頑迷なギルクリストではなく、他ならぬダンワージー先生だったというのが本作の非常に残酷な所です。
 また前回まではモントーヤは、自分の発掘現場を守ることしか眼中にない自己中オバサンだと思っていたのですが、今回は途中からは中世史科では唯一キヴリンをペストの渦中に送り込んだことを自覚して、彼女が時代に骨を埋めたことを確認するために墓暴きをしているということを認識できました。
 ギルクリストは熱病で死んでしまいますが、モントーヤが生き残る理由はここにあるのですね。

p52

「この世紀に黒死病はない」

パンデミックがあるわ、6500万もの人間がそれで死んだのよ。それに、1320年のイングランド黒死病は存在しなかった。イングランドまで広がったのは1348年のこと」メアリがジョッキをテーブルに置いた拍子に、プラスチックのマリア像が倒れた。

p85

 だれもここに来ていないこと、一度も足を踏み入れてないことは明らかだし、ここがオックスフォード=バース街道でないことも、1.6時間以内に旅人が通りかかるわけがないことも明らかだ。いつまで待っても旅人など通るわけがない。降下点を決定するために使用した中世の地図は、ダンワージー先生がいったとおり不正確きわまるものだったらしい。どうやら街道は地図よりもずっと北を通っていたようだ。そしてキヴリンはその南、ウィッチウッドの森にいる。

p572

「ポリー・ウィルスンです」とアンドルーズがほっとした声で答え、電話番号を告げた。

「リモート・リードとIA照会とブリッジ送信が必要だと伝えてください。この場号で待機しています」といって、アンドルーズが受話器を置こうとした。

下巻 p19

「サー・ブロート!」アグネスが叫び声をあげ、キヴリンの前を走っていって、肥満男のひざにとびこんだ。

 ああそれだけはやめて、とキヴリンは胸の中で悲鳴をあげた。あのでぶ男は、ピンクの髪のがみがみ女か、でなけれぱりぱりコイフの女の夫だと思っていたのに。どうみても五十歳以上だし、体重は二十ストーン(127kg)近くありそうだ。それにアグネスに向って笑いかけたとき、歯槽膿漏で茶色になった大きな歯が口からのぞいた。

p122

 それに森のおとめ救出譚にこれ以上聞き耳をたてても無駄。じっさいにあったことを物語るのが目的ではなく、エリウィスの歓心をかうのが目的だということは明白なのだから。

p172

「だめ!」キヴリンが叫んだ。両手を上げてイメインを制止する。「近づかないで!手を触れちゃだめ!」

「口のききように気をつけなさい」といって、イメインはローシュのほうを見た。「たんなる食あたりの熱です」

p254

「主は姦通者とその家族すべてを罰するのです。そしていま、そなたを罰している」エリウィスのほうに時祷書をつきつけて、「疫病をここにもたらしたのはそなたの罪です」

「司教に使いを出したのはあなたでしょう」とエリウィスは冷たくいい放った。「あなたは彼らを招き、彼らとともに疫病をここに招き寄せたのはあなたです」

p345

「すまない」とダンワージーはつぶやいた。バードリのせいではなかった。おれのせいだ。おれが研修生の計算について心配しすぎるあまり、その不安がバードリに感染し、バードリは座標を自分で再入力することにしたのだから。