千葉会:満州(太平天国の乱)を対戦プレイする

 ついに実現しました。満州の対戦プレイ。

 その昔にFGAMEで話しが成立して楽しみにしていたら、当時のSYSOPの方とだったのですが、突然の失踪で流れてしまい、なんと35年。

 さて、例によってセットアップの延安攻囲戦からです。

 ええと、35の出目に+15(5:1)+2(指揮修整差)ですから、64です。A/Dで防御側退却です。損害水準Dは、大体30%なので、一撃粉砕とはいきませんでした。

 史実通りに満軍は2ヘクス北へ退却。これを追って行軍して、もう一度攻撃。

 出目の十の位が1ではなんともなりません。損害ステップ数が似たようなものだと、1ステップ当りの戦力が太平天国の方が大きいので戦力としての損失は太平天国の方が大きく、結果として戦闘するごとに戦闘比が落ちていきます。ここで数戦しましたが、最初が5対1で、最後には辛うじて2対1に‥。

 広西省で泥試合をしていても埒が明かないので、手抜きして北の緑の省へ。マップエラーで名前がありませんが、位置からし湖南省です。ちなみに湖南省の動員指数はAだというエラータがあるそうです。

 本ゲームでは第3ターン以降に太平天国のVPが5未満になると、清軍のサドンデス勝利です。

 実は蜂起当初が一番難しく、広西省から広東市という規定ラインが失敗すると、どうやって5点取るのか大問題。

 結局、二人で頭をひねって、誤植でVPが書いていない湖南省が4点だと言うので、これを取った上で、あとは広東市(2点)か、貴州省(1点)のいずれかでしょうということに。湖南省には、有力な敵がいなかったので制圧して4点、そこから征西して貴州へ遠征します。しかし、行軍を何回も繰り返して、行軍消耗で擦り減ってしまい、貴州省省都に入った時は2ユニットしかなく、最後の1ユニットで貴州省の山へ入って行って消耗したら負けで午後は二戦目をという絶体絶命のピンチでしたが、天父は太平天国を見捨てず、無事に貴州を制圧して最低限の5点でゲームは午後へ継続となりました。

 さて、カツ丼を食べて験直しをして、再開です。

 貴州奥地まで入って行った太平天国本体の次なる目標は?

 広西、広東の広州域に戻るのが史実的には正しいのですが、思い切って敵がまだ全然いない四川に入ることにしました。ここまで山奥に登ると、揚子江が普通の川としてジャンク船なしで渡れるのです。

 いや、中国で作戦するゲームは他にもありますが、四川省で戦ったのは初めてです。

 四川省を完全制圧するため万県まで山を下りました。ここら辺では揚子江は対岸が見えないほどの大河となるので、ついにジャンク船を建造します。

 下の方の黄色いエリアは湖北省で、揚子江北岸を東進してくる太平軍を満軍が人を集めて待ち伏せています。

 ここで太平天国軍は船に乗って水軍移動に切り替えます。水軍移動だと行軍損耗チェックをしなくて良いのです。

 太平天国はどこかで首都・天京を建都しないと活性化ダイスに不利な修整を受けるようになります。建都できるのは北京、南京、武昌(現在の武漢)の三か所だけです。

 揚子江をくだっていくと右岸に武昌が見えてきます。武昌には清軍も水軍をセットアップから抱えており、ここで江上戦になります。

 ちなみに左岸が漢口で、武昌と漢口を併せて、現在の武漢です。

 此処で快勝したので建都するか悩みますが、此処まで来ると南京も眼の前なので一気に南京まで進むことにしました。

 このゲームの水上移動は(ASLのバイパス移動のように)ヘクスサイドを移動するのですが、川の中にヘクスサイドが印刷されていない(これもマップエラーなのだそうです)ので、非常に数えにくいです。

 南京には、そこそこの兵力が既に徴集されており、初の大規模会戦となりましたが、ここぞで非常に出目が良く快勝。南京に新都、天京を建設する宣言をできました。

 思えば貴州で苦労していたのが噓のようです。

 川を下るのは、移動コスト的にも消耗的にも非常に利点が大きく、圧倒的な威力でした。

 太平天国側の勝利は、清軍のVPの2/3に届くと達成されます。ただ、太平天国が領土を取ると、太平側が増えるだけでなく、清軍側も減るので、臨界点が近づいてくると急速に勝利に近づきます。

 南京が取れたので、そこから海に向かって上海(2点)を奪取しました。

 ここで太平天国軍に立直が掛かり、山東省を取ればまさかの勝利というマジックナンバーが出ました。

 揚子江から大運河を利用して黄河へ出て再上陸。そこから、最後は濰坊攻略が広東省支配の最終争点となりました。

 最後は両軍とも山東省の徴兵権利を使用してなけなしの増援を搔き集めての戦いとなりましたが、際どく勝利してまさかの大逆転勝利となりました。