図書館です。

直木賞を読むのは、こちら以来、
と言っても、本書がアンテナに掛かってきたのはこちらを読んだ時です。
バイオレンス溢れるアップテンポの小説の類似作として直木賞からのお勧めが、本書と、「熱源(川越宗一)」でした。以来ずっと筆者の図書館の貸出カートに入れてあったのですが、このほど大富豪同心を読み終わったことでついに借りてきました。
解説から引用しましょう。
p492
小説のメインストーリーラインは主人公の祖父の殺人と、主人公がいかに犯人を突き止めていくかと言うミステリー。このミステリーを主軸に主人公の波乱に満ちた青春ドラマ、彼のカラフルな家族の肖像、1970から80年代にかけてのカオスとエネルギー渦巻く台湾の描写、彼の祖父が経験した日中戦争や国共内戦の血腥い史実、台湾ヤクザとのトラブル、切ない初恋、陸軍士官学校での奮闘、その後にやって来る失恋、日本、そして中国への旅、などなど、さまざまな事柄、冒険が多角的に、重層的に語られていく。そしてこの物語をスパイスのように味付けしているのが霊気や鬼火やお狐様や狐火や予兆やこっくりさんや幽霊やゴキブリの大群などが登場する法螺話やフォルクロアや超自然的な小説の数々。欧米人が読んだら、これをマジックリアリズムと呼ぶのだろうか。同じアジアの日本で生まれ育ったぼくにとって、こういう話はとても自然に、リアルなものとして耳にすんなり入ってきた。
という感じです。不思議なことにエンディングでは、マイケル・コーニーの「ブロントメク(サンリオSF)」を想起しました。
「テスカトリポカ」に比べると、ドライブが掛かってくるまで少しもたつく感じがありますが、スイッチが入ると一気呵成に終りまで読めてしまいます。
かなりお薦めです。「テスカトリポカ」と比較すると、ラテンアメリカんな分だけあちらの方が個人的には好みですが、本書もかなりイケてます。
p55
生前の祖父は週に一度、整えるほども残っていない白髪頭を整えるために、理髪店に通っていた。理髪店なら近所にもあるが、もちろんそんな堅気の理髪店などお呼びじゃない。当時、台北のいたるところで見かけた、入口が黒塗りの理髪店へわざわざタクシーをすっ飛ばして出かけていった。そういう店では体に張りつくようなミニスカートを穿いた女たちが調髪したり、爪にやすりをかけたり、肩をマッサージしてくれる。平たく言えば、売春宿を兼ねていた。
p57
いったいだれが不死身の祖父をあんな目に遭わせたのか?
外省人が台湾に渡ってきて三十年近くになるが、ほとんどの年寄りたちはこの島を仮住まいと見なしていた。心はいつも大陸にあった。国民党がいずれ反攻に転じ、戦局をひっくりかえしてくれれば、故郷に錦を飾る気満々だったのだ。蒋介石の死がそんな彼らの一縷の希望を粉々に打ち砕いてしまうまで、古強者たちは「我的家在大陸」というそのものずばりの歌を口ずさみ、やるせない里心をまぎらわせていた。ラジオから聴こえてくる「叫我如何不想他」という古くさい恋歌の「他」を「大陸」になぞらえては、望郷の涙を流した。台湾生まれのわたしには不可解なことではあるが、世界には不可解なことがいくらでもあるので、不可解なりに理解できた。
p142
「死ね!」
殺虫剤の噴射口を書架の下の暗がりにむけ、たっぷり一分間ほどもやつらに死の霧を浴びせつづけた。それが裏目に出た。さだめしここで勇気ある一匹がこう叫んだ。ここにいても死ぬだけだぜ、くそったれ突っ込め!
起死回生を図ったゴキブリの老若男女が怒涛の如く這い出し、洪水のように床を埋め尽くした。
p160
叔父さんは笑いながら、「とにかく、そうやっておれたちは現場にたどりついたんだ。もう陽がすっかり暮れてた。いや、まだだったかもしれないけど、樹にさえぎられて光がとどかない場所だったんだ。水色の服を着た骸骨が大きな岩の上に横たわっていたよ。服は汚れていたけど、乱れてはいなかった。両手を胸の上で組み合わせてて、印象としてはまるで眠っているうちに死んじまったみたいだったなあ。どこか儀式めいた雰囲気すら漂っていたけど、とにかくこっちは腰をぬかすくらいびっくりしてたし、おまえはおまえでばったり倒れて動かなくなっちゃうしで、どうしたらいいのかわからずに途方に暮れちまったぜ。骸骨が横たわっていた岩に藍冬幸と張明義の名前が彫られてたってのは、あとから周景観に聞いた話さ」
p186
「日本の歌は好きですか?」
「はい」大急ぎで咀嚼する。「とてもきれいな歌ばかりです」
「わたしたちは日本語教育を受けた世代なんですよ」グレーのスウェットを着た岳さんが言った。「こうしてむかしを懐かしんでいるわけです」
p205
「蒋介石は兵を大事にせんかったんじゃ」李爺爺は明泉叔父さんの捨て牌をポンした。「ほれ、新疆をまかされとった陶時岳総司令も切り捨てられたろうが。敵さんの大将はだれだっけ?」
「王震だよ。とにかく、わしらは負けた。中国全土に散らばっとった兵をみんな呼びあつめて台湾に連れてこんかったからといって、老蔣を責めるわけにゃいかんよ。そんなことはできっこないんじゃから」
p338
「いや、いまなにか思い出しかけたんだけど、それがなんなのか」
「だったら、碟仙をやってみようぜ」横合いから口を出したのは、大魚だった。眠っているふりをして、ちゃっかり聞き耳を立てていたのだ。「おれはむかし碟仙に初恋の女と上手くいかないって言われて、ほんとうに上手くいかなかったことがある」
「それ、わざわざ碟仙に訊くようなことか?」ポケットから十元硬貨を出しながら、王文明が話に加わる。「ちゃんと目が見えてればだれにでもわかることだろ」
「いいから早くやれ」自動小銃を天秤棒みたいに肩にかついだ曲宏彰が、大魚をドカッと蹴飛ばした。「だれか霊応盤を描けるか?」
「とにかく漢字で埋め尽くしゃいいんだよ」王文明が言うと、大魚がつづいた。「イエスとノー、あとは代表的な苗字と邦楽くらいでいいだろ」
p374
二度目の恋でさえこんなにままならないのなら、わたしは思った。一度目の恋が成就するなんて、ほとんど奇跡のようなものじゃないか。
「中森明菜の「セカンドラブ」という歌ですよ」そう言って、美玲はカーステレオの音量をあげてくれた。「いまとても流行っているんです」
恋も二度目なら、少しは器用に
甘いささやきに、応えたい
p439
年が明けて1949年1月、共産党の包囲網がじりじりとせばまるなkら、祖父は身を切る寒風にかじかむ指で小銃の引き金を引いていた。まえの年の12月18日から降り出した雨混じりの雪のせいで、空からの補給は途絶えがちになっていた、たとえ飛行機が飛んできても、悪天候と、そしてなにより敵に撃墜されることを恐れたパイロットは、地上千メートルの上空から補給物資を放り出した。そのせいで、もともとすくない食料や弾薬のかなりの部分が敵陣へと落下してしまった。
p442
「秋生や、長旅で疲れたろ?」
「大丈夫です」
「だったら家に帰るまえに、ちょいとおまえのじいさんの碑を見ていこう」
「碑? なんの碑ですか?
「まあ、見りゃわかる」
馬爺爺は運転手に何事か告げ、車はそのまま二時間ほど走り、そして荒地の真ん中で出し抜けに停まった。
その黒曜石の碑は、天と地の間にぽつねんと建っていた。
1943年9月29日、匪賊葉尊麟は此の地にて無辜の民56名を惨殺せり。もっとも被害甚大だったのは沙河庄で‥村長王克強一家は皆殺しの憂き目を見た。
p483
死ぬ目に遭ったのに人生を変えようとしない奴はど阿保だ。わたしに関して言えば、一値発起して台湾大学の夜学に入り、台湾文学を専攻した。そして1989年めでたく学士の称号を与えられた。大学在学中に美玲と結婚した。龍関食品貿易公司での貯えと、小梅伯母さんの出版社からの翻訳の仕事で新婚生活と学業を両立できた。