アップフロントのイノベーション

アップフロントのシナリオを一通りプレイ(3人シナリオの自由対戦を除く)したので、総合評価と言うことで書いておきたいと思う。まず、アップフロントのもたらしたイノベーションとして、
●戦術級シミュレーションの革命的な進歩であり、フォッグオブウォー、コマンドコントロールに関する主観的なシミュレーションとして既存の戦術級シミュレーションのイメージを大きく塗り替えた
●カードゲームでできることのイメージを爆発的に拡大した
という2点があると思う。
それまでの戦術級シミュレーションと言えば、近いスケールではスコードリーダーがあった訳だが、アップフロントとは視点が全く違う。
スコードリーダーでは、マップがあり、そこにユニットが置かれ、行動別のフェイズがあった。従って指揮官は戦場を一望して戦況を把握することができ、どこのヘクスまで前進すれば次は相手のどの部隊を攻撃できるかが判った。そして、各ユニットは毎ターン規定のフェイズが来ると、統制状態にあるなら必ず移動の権利があり、射撃の権利があり、指揮官の意思を的確に反映して行動した。
アップフロントでは、マップなどなく、移動してみると前の地形が予想(手札に用意しておいたもの)と異なる(相手が捨て札として置いて来る)こともしばしばあり、前進しても思ったようなポジショニングが取れなかったり、そもそも前進の意図が阻まれたりする。シナリオの目的に照らして前進するべきであっても手札に移動カードが来なくて進めないことはしばしばであり、敵が無謀な突撃をしてきて正しく射撃すべきときでも適切な射撃カードがなくて射撃できないこともしばしばである。
こうした差異は、アップフロントの方がスケールが小さく扱う時間が短いということも一つにはあるのだが、そもそもスコードリーダーのように戦場の地形や敵味方のユニットの配置が一望できることの方が不自然だったと言うこともあるだろう。その意味でデザイナーが言う「アップフロントは、より複雑な先駆者たちよりもはるかに戦争の本当のシミュレーションに近いのです」というのは、かなりの程度に真実のような気がする。
JAGAのW君がこの点で「サバイバルゲームをやるとアップフロントが真実だとわかるんですよ」と力説していて、わたしも光線銃式の簡易なサバイバルゲームを体験させてもらったが、ナルホドその通りだと思った。
地形を把握するためには顔を出して周りを見渡す必要があるのだが、撃たれる危険を冒してそんなことを悠長にすることはあり得ない。必然的に物陰から除き見る程度で周囲の地形を把握し、そんな状態で見える範囲の味方の位置だけしか把握できない中で意思決定をして動き出すのには相当な抵抗がある。特に連携行動は極めて難しく、互いの手振りが目で見える距離を越えてしまったら、意思伝達して連携行動することは容易でない。スコードリーダーはもちろんアップフロントですら描いていないのだが、実際には同士討ちのリスクすらある。思わぬ方向から動くものがやってきて、味方なはずはないから撃ってしまったら味方だったということさえあり得る。
サバイバルゲームはリセットが効いてやり直せる世界なので、本当に命が賭かっている戦場ではもっと「恐怖」という要素が行動を縛るであろうから、スコードリーダーのように整然と行動の権利が与えられるゲームは、ジオラマ的妙味や、箱庭趣味を満たしてはくれるかも知れないが、主観的なリアリティという面ではアップフロントより大きく劣ると言わざるを得ないだろう。
もう一つのイノベーションとして、徹底的にカードでプレイしている点もデザインのこだわりを感じる。ウォーゲームで良く使われるダイスは必要とせず、ランダムナンバーとランダムポジションという乱数をカードに印刷して結果解決を全てカードでできるようにしたのは凄いことだと思う。
また、これによって活発なアクションが行われカードの消費が激しくなると、それに対応してゲーム終了がどんどん迫ってくるというのも良くできていると思う。カードゲームは徹底的にカード化することができるという先駆者であり、なおかつその点での完成度も非常に高い。実験的デザインでありながら完成に達している稀有な事例だろう。発売から既に久しいが今でも前衛的ですらある。時代を経てその凄さを改めて痛感する。世紀の傑作と呼んで良いのかも知れない。