「かめくん」以来の北野勇作。1992年に第4回日本ファンタジーノベル大賞の優秀賞受賞作として出版されたものの徳間デュアルでの再版。
量子論的に不安定な存在になった火星への植民やテラフォーミングをしている‥らしいのだが、どこか日常の会社人生活のような妙な世界の物語。
第一部では鬼になってしまった元同僚の襲撃してくる中、会社の任務を主任と一緒に達成しようとする見習いのぼく。最後は鬼を退治するのだが、実は主任は敵対勢力たぬきの潜入員だったことがわかって終わる。
第二部ではたぬきの部下についていたときにたぬき化工作を受けた疑いがあると言うので会社を首になったぼくが新しく出来たての「額田精機」に就職、小春ちゃんを育てることに熱心な彼女にテキトーに励まされながら生活している。駅前に遺跡が発見され、それがどんどん成長しカチカチ山駅となって駅前を制圧していく中、社長が行方不明になりどうやらカチカチ山に拉致されたらしいことがわかる。そこで救出作戦となるのだが、カチカチ山は時間軸のズレがある空間で、そこでは社長は自分を記憶メディア化して保存して救出を待っていた‥???
第三部では世界の揺らぎがひどくなり、どうやら人工知能小春を載せた火星行き宇宙船が火星に接近しているという話しと、カチカチ山というのはどうも到着直前に起動すべき制動プログラムだという真相(?)がわかってくるのだが‥。カチカチ山やぶんぶく茶釜のたぬきの出てくる話しに加えて、猿蟹合戦のモチーフも登場してなにがなんやらよく分からないようになってしまうのだが、最後には到着して世界は一つの事象に収束して終わったらしいのだ。
「かめくん」もそうだがしっかりとSFした背景と、昭和のノスタルジックな日常生活テイストが、わかったようなわからないようなリンクをしている独特の作風。「かめくん」の方が、「そこはちゃんと繋がなくてもいいんだ」という割切りができていてスッキリと書かれているだろうか。ただ、「昔、火星のあった場所」の量子論的な世界観に多様なモチーフを詰め込んだ感じも悪くない。処女長編としては抜群の出来栄えだろう。これを「ファンタジーノベル」大賞で評価した選考委員たちも度量があったと言うべきだろう。なかなか楽しい読書時間だったが、第三部はわかりにくすぎかも。