○カインの市を読む

bqsfgame2013-10-18

ケイト・ウィルヘルムのサンリオSF文庫。1974年の作品。
サンリオから4冊訳出された中で最初に出版され、本国の出版順でも一番古い。クルーイストン実験と鳥の歌いまは絶えは76年、杜松の時は79年になる。
ウィルヘルムらしい主流文学的な小説らしい小説。
主人公はヴェトナム戦争に行って輸送中のヘリコプター事故で頭部に負傷して帰国し、負傷のため記憶喪失に陥っている。彼の恩師は核戦争時代に向けて地底都市を構想し、どうやら恐ろしいことに予算が付いて本当に建設中らしく主人公の兄の国会議員は一枚噛んでいるらしい。
と言った具合で、地底都市構想にSF性は感じられるかも知れないが、実際の物語は主人公の病院と、恩師や兄との手探りで疑心暗鬼な人間関係に終始する。そんな訳で地味な物語で、主人公が手術と記憶喪失に苛まれているので、かなり陰鬱な話しでもある。
物語がドラマチックに進展する訳でもなく、カタルシスはない。結末は、割と救いのない方向へと落ちていくこともあり、読後感も良くない。
本書を踏まえた上で、さらに3冊も訳したサンリオは、かなりの英断だったと言えよう。ちなみにサンリオ名物ではあるが、翻訳予定表を見ると他にもいろいろと訳す予定だった空手形が並んでいて興味深い。
ちなみにウィルヘルムは85歳になるが健在で、2012年に長編「芸術家の死」を7年ぶりに発表している。これはSFではなくミステリーらしい。
アメリカアマゾンに入ったついでに翻訳予定に上がっていた「マーガレットとわたし」などを検索すると、ペーパーバックの古本で二束三文で売っている。原書で読む覚悟があれば、割と簡単に読めるわけだがそこまでするかと言うとなかなか微妙な作家の一人である。