第1章

トラー・マラクィンが前半日に空を見ていると、一機の飛行船が今正に危機に陥っていた。機長が予想していないのは、彼が乗っている風は地表付近にしかなく、その上にはハッファンガープラトーからの強い西風が吹いていることだった。トラーが風を正確に予想できるのは、海岸に並んだピコンの蒸発皿の蒸気の流れのお陰だった。
トラーは望遠鏡を取り出し、上空の蒸気の中に他の人なら見落とすような斑点を確認した。プテルサだ。これは飛行船の危機を意味する。
「サンライターを使え。馬鹿どもに方向なり高度なりを変えるように伝えよ」伝統的コルコロニアン様式の駅舎に日差しを避けていた事務官たちに命じた。二等記録者のガーラは、サンライターを持ってきて慌てて打ち始めた。それに従ってサンライターのスリットが開閉し始めた。
トラーは再び飛行船を見て、その青いゴンドラに王家のメッセンジャーを意味する柱と剣の紋章があるのに気付いた。どんな理由で王は哲学者公の一番遠い実験所まで連絡を寄越したのだろう?
船の左舷が煙を吐き転進を始めた。トラーは乗員がプテルサに襲われているのを想像した。
「何が起こっている?」声はヴォンダル・シストだった。彼は駅長である。背は低く禿げ頭で姿勢は良い。
トラーは、「変人が長旅をして自殺しに来たようだ」
「警報は?」
「送ったが遅すぎた」
「ところで、いつからあなたが責任者になりましたかな?」
「君が心配するような意味ではなっていないよ」
トラーは海岸に投錨している船に走りよった。騒ぎになっており、プテルサに近付き過ぎてパニックした者が同僚に取り押さえられているようだ。
船長が「そこで何をにやついている!」言ってから彼は相手が只の技術者でないことに気付いた。トラーは「謝罪するなら二人だけのことにしよう」と提案し、船長は謝罪した。
船長の制服には名前が刺繍してあった。「カプリン、腕をどうしたんだ?」
「ラインに挟まれて親指を持っていかれた」
「もう一本の腕を2倍働かせるしかないな」
「わたしはフランヴァート船長だ。あなたはシスト駅長ではないようだな。シストはどこだ?」
「あちらに」やってくるシストを指差した。
「誰が責任者だ!?」
「何の責任かね?」
「あの蒸気で当船の目くらましをした責任だ。あれでパワークリスタルを作っていると聞いたが、本当か?」
トラーは戦士カーストでなく哲学者に生まれたことを残念に思ってきたが、余所者に馬鹿にされたくはなかった。
「誰もクリスタルを作れない。ただ育てるだけだ、もし溶液が十分に純粋ならばだが。この辺りには幸いにして良質のピコン鉱脈がある」
シストがやってきた。「良い前半日を船長。無事の着陸なによりです」
「いや既にあなたは当船に損害を与えた」
「何ですと?」
「此処で発生した蒸気により、当船は危機に陥った」フランヴァートは剣に手を掛け一歩踏み込んだ。
そこへ白い少尉の徽章をつけた船員が来て、「船長、作業完了しました。確認をお願いします」
フランヴァートは振り返り、「何人がプテルサダストを浴びた?」
「幸運にも二人だけです。ポウクセイルとラギューです。しかし、ラギューは否定しています」
「確認したのか?」「はい、わたしが直接見ていました」
「リトルナイトの前に片付けよう」
並んでいるクルーの前に立ち、少尉は「近い将来、任務に耐えられないと思う者は名乗り出よ」と問い掛けた。
一瞬の間があってから、黒髪の若者が歩み出た。
フランヴァートは、「ポウクマン乗員、君はダストを浴びたのか?」「はい」
「君は勇敢に国に尽くし、君の名は王の下に報告される。君は明るい道と暗い道のどちらを選ぶ?」「明るい道を、サー」
「良し。君の給与は親族に支払われ、君は此処で除隊になる」
ポウクマンは敬礼し、船の陰へと姿を消した。処刑人の剣は幅広で重い。ポウクセイルがひざまずく気配がし、砂が血に染まった。何人かの仲間が天上のオーヴァーワールドを仰いだ。教会の教えによれば彼の魂はオーヴァーワールドへと旅立ったのだ。しかし、都会の人間はあまり信じていなかった。
騒ぎが起こり、二人に抱えられた男が登場した。
「サー、わたしはプテルサの風上にいたのでダストは浴びていません」
フランヴァートは、「ラギュー、規則により君の主張を受け入れねばならないが、一つ明確にしておきたい。君は二度と明るい道を選択できない。もし発熱や眩暈を起こしたら、君の給与は支払いを留保され君の名は記録から抹消される」
「わかっています。心配ありません」
ラギューは列に戻ったが、両側の者は不自然に間合いを取った。トラーは、彼が潜伏期間の二日間、孤立することになるだろうと思った。
「ところで船長、誰も蒸気については非難できない」
「君の名は? 戦士よ」「トラー・マラクィン。戦士ではない」
船長は、哲学者ローブを纏っていながら帯剣している威丈夫を見詰めた。
「剣士でないなら、帯剣するのは用心されるが良かろう。そなたの名前は聞いたことがある」フランヴァートは、振り向いて自分の船へと向かった。「来て船室で飲み物でもどうかな? グロー陛下の命令をお聞かせしよう」
空では太陽の最後の一片がオーヴァーワールドに隠れてリトルナイトの星空が見え始めた。リトルナイトと共に獲物を求めるプテルサが降下してくるだろう。
トラーは自分が屋外に残っている最後の者だと気付いた。彼が屋内に入る頃、南の空には9つの星からなる樹木座が輝き始めた。