NHKが3回シリーズで放映したドキュメンタリーの冊子化。
昭和58年と言うから31年前の出版である。放映はその前年であろうし、取材はその前になる。そういう意味では進歩の激しい現代海戦の資料としては、既にアウトオブデイトだろう。にも関わらず、実は現代潜水艦戦の実相に迫った資料を探すと、この本くらいしか出てこない。なぜなら潜水艦は重大な軍事機密であるからである。
この本は、3章に分かれているが、圧倒的に面白いのは第1章の「潜水艦と日本の海」である。第2章は、「第7艦隊の素顔」。第3章は、「1000カイリを問う」である。
面白い情報が一杯なので、現代潜水艦に興味のある人は是非とも入手して自分で読むことをお薦めする。
時代が時代なので、P3Cで収集した情報は地上基地に持ち帰って分析に掛けていたとある。そうか、コンピューターの小型高性能化が端緒に付いたばかりの時代だったのだなと思う。今では機上で分析しているのではないかと思うが。
また、当時はローファーグラムと呼ばれる音響情報のパターンを人間が二人で認識するのが基本だったと書いてあって、これもコンピューターのパターン認識プログラムが未熟だった時代の実状なのだと思う。
また、電子機器溢れる日本でも水中マイクロフォンが入手困難だったとあって、そうかそういうものかと思う。今がどうなのか買おうと思ったこともないので判らないのだが‥(^_^;
また、取材班がサンプル音を聞かせてもらっても、専門家が「この音は素晴らしい」と言うのを聞き分けられず「ピチピチと言う音とゴーッにしか聞こえません」と言うのは正直な感想で、そうかそういう水準の話しなのかと納得してしまう。日本の海は、特にノイズが多種多様で専門家泣かせなのだというのも、ちょっとしたトリヴィアである。
潜水艦側の消音技術の当時の最大の課題であったキャビテーションノイズについても、きちんと説明してあって驚いた。工学系でない視聴者にはどのくらい理解されたのだろうか? 同様に音の屈折の説明から、シャドーゾーン(音の死角)、さらに中深海にあるサウンドチャンネルの話しと、書籍版ならではなのかも知れないが理解しやすい図面を用意して説明してくれているのには感心する。その先にコンバージェンス現象が出てくる。
また、当時、既に潜水艦の消音技術の進展を見込んで、低周波、超低周波に関心が移動し始めていること、そこでは大型のヒゲクジラの出す音や、地震の海中騒音が問題になりつつあることまで記されている。軍事機密のバリアに対して、いかに取材班が肉薄したか、その成果は読みごたえがある。
また、潜水艦の任務に関する議論も踏み込んでおり、漠然とした原子力潜水艦の脅威を煽るのではなく、かなり軍事技術専門家の見解に切り込んでいる。
その結果として、ソビエト側のミサイル潜水艦の核攻撃力に対して、アメリカの原子力攻撃潜水艦の第一任務はミサイル潜水艦の発見・撃破にあると指摘している。そして、ソビエトの攻撃潜水艦の第一任務は、アメリカの攻撃潜水艦からミサイル潜水艦を守ることだと看破している。結果的に、本書の本題であり、当時の日本で声高に叫ばれた日本のシーレーン攻撃には、それほど多くの潜水艦が回らないであろうという意外な結論も登場している。
しかし、それでも想定される日本の危機が、中東などの他戦場からの戦火拡大だとすれば、第7艦隊は紛争中心地域に主力を派遣するので、日本のシーレーンは日本が守らなければならないと言う分析が登場する。これに賛成するかどうかは別問題として、日本がP3Cを大量導入し、太平洋へのソビエト潜水艦の進出を水際で検出するセンシング最前線となるであろうことは否定しようがない事実だったのだと理解される。