☆文明交錯を読む

 図書館です。

 どこでアンテナに掛かってきたのか、予約待ちが意外に長かったので忘れてしまいました。

 「銃・病原菌・鉄」からインスパイアされた歴史改変小説。

 第一部は、近年定説となっているヴァイキングアイスランド経由で新大陸に渡っていたという話しを追います。ラブラドール半島の小植民地だけでなく、さらに南下してキューバ、さらにはパナマまで行ったという設定です。

 その結果として、馬(騎兵)、鉄の加工(銃)、天然痘がペルーのインカ帝国にまで伝わったという想定です。こうなると、「銃・病原菌・鉄」でスペイン軍が少数でインカ帝国を征服できた理由がすべて失われてしまいます。

 第二部は、コロンブスの航海日誌。コロンブス西インド諸島にたどり着き、そこからさらに西進して、そこで好戦的な先住民(アステカ?)と戦って敗死し、ヨーロッパに帰れません。

 第三部は、アタワルパ年代記です。アタワルパは、ピサロに処刑されたインカの最後の皇帝です。しかし、史実と異なりコロンブスが帰還できなかったのでコンキスタドールたちが争って中南米に来ることはありません。

 逆にアタワルパは、兄のワスカルと帝国継承を争って敗勢となり東へと敗走。東の果てに新しい海(大西洋)を見つけ、そこへ船出することになります。そして、新大陸(彼らの新大陸はヨーロッパ)へと辿り着きます。

 そして、時のスペイン王(にして神聖ローマ皇帝)カール5世と戦って勝利し、インカ帝国、第5邦の王となります。これは史実でスペイン側が南米のスペイン領の副王となったことの裏返しです。

 カールの仇を取りに来る弟のオーストリア皇帝フェルディナンドを東に押し返しスレイマンとの緩衝地帯にします。

 新教でも旧教でも回教でもない太陽信仰をヨーロッパに持ち込み、太陽神神殿を各地に建築します。そして、スペインに信仰の自由を宣言し、これによって広く支持を受けるようになり、新教と旧教の対立するドイツ領に請われて進駐します。そこで、彼のルターと会談するのですが、晩年になってユダヤ教に盲目的な敵意を抱くルターに失望し、ドイツでも限定的ながら信仰の自由を約束し、さらにメディチ家から借財をして選帝侯の票を買って神聖ローマ皇帝にもなります。

 かくてアタワルパと太陽神のもと、欧州はインカ帝国の海外領土として繁栄することとなります。

 しかし、かつての共和制での栄華を忘れられないロレンツォ・メディチは、女好きのアタワルパが自分の妻に懸想するのをチャンスと見てアタワルパ暗殺を試み見事に成功させます。このアタワルパの死までがアタワルパ年代記です。

 

p76

 そこでワスカルは、アタワルパが挨拶に来ないのは甚だ不遜であると言いがかりをつけて宣戦布告し、弟を侮辱するために女性の服と化粧道具を送りつけた。これを受けてアタワルパはすぐさま兵を挙げ、クスコを目ざして南下した。

p94

 さて、世界の図が自分たちの知らない陸地の存在を示しているとして、そこまでどうやって海を渡ればいいのだろうか。ここでもまたヒゲナモタが答えを出した。浜辺に打ち捨てられている二隻の船は、間違いなく向こうからこちらへやって来たのだから、その逆も可能ではないかと。もちろん二隻ともすでに木が腐っていて、海に出せる状態ではない。それに、いくら巨大な船だといっても二隻ではキト人全員を運ぶことはできない。

p109

 王妃はそれを聞いて、そういえば世界が丸いことを証明したがっていたジェノヴァ人の船乗りがいたと言い、自分の祖父母のイサベルとフェルナンドがインディアスへの回路を開かせようとして、その船乗りを西に向かわせたと言った。だがその者は二度と戻ってこず、その後は誰もその海路をたどろうとしなかったと。

p146

 刃の長い槍を手にした歩兵部隊が道を払い、その後ろから大きな移動天蓋に覆われた騎馬のカルロスと廷臣たちが現れた。天蓋を支えているのは徒歩の従者たちだ。

p150

 注8 この章はフランシスコ・ピサロがカハマルカでアタワルパを捕らえた場面を逆転させている。

p165

 しかしながら、と彼女(マググリット)は穏やかな、だが揺るぎない口調でつづけた。このような状況をキリスト教世界は決して認めません。教皇聖下がお許しになるはずもありません。確かに強硬はスペイン王と良好な関係にあるとは言えませんが、それでもグラナダ奪還のために十字軍を招集されるに違いありません。また異端審問所は太陽信仰の信徒たちを必ずや異端と宣告するでしょう。スペイン王の弟君のオーストリア大公フェルディナントが、強力な軍を率いて兄君を助けに来るのも時間の問題です。

p184

 ワスカルは弟を許し、過去の諍いはきれいさっぱり忘れようと言ってきていた。それはもちろん、アタワルパがタワンティンスーユに関するあらゆる権利を放棄すると申し出たからである。そして弟の要求どおり、300人の兵と、大量の金銀、硝石を送ると記していた。また折返し、「黒い飲み物(赤ワイン)、火を噴く杖、奥行きがあるように見える魔法の絵をもっと送ってほしい」とも言ってきていた。

p192

 ご存じのように、イングランドの国王陛下はキャサリン王妃との結婚を取り消して、アン・ブーリン嬢と結婚する意志を固められ、これに対して教皇聖下が結婚の取り消しをお認めにならないので、目下のところ協会から見れば重婚者となっておいでです。

 そしてもちろん、スペインから周囲に広まりつつある新しい宗教のことも貴兄の耳に届いてるでしょう。この状況で陛下がいったいなにを言い出されたと思います。インカの宗教に改宗すると大瀬なのです。それも陛下お一人ではなくイングランド全体で。

p200

その際に大使は何人ものインカ人を伴っていて、それがじつに洗練された人々で、容姿も整っていたというのです。さらに注目すべきは、彼らの働きかけによってフランスとスペインのあいだに平和条約が締結されることになったという点です。

p255

アルザスの農民とアタワルパとの合意が知れわたるやいなや、ドイツ全体が衝撃で揺れた。

アルザスの農民の勝利はほかの地域の農民を力づけた。以後、ドイツのどの地域の農民も思いがけない助けを得られると知ることになった。

p261

 フッガーにはもう一つだけ条件があったのだ。それは、ルターを片づけることだった。

 これにはアタワルパも驚いた。まさかアントン・フッガーが宗教問題を持ち出してくるとは思わなかった。

 だがじつのところ、ルターはフッガー家の事業の邪魔になっていた。まずルターは、銀行家のかなめである徴利貸し付けをずっと避難してきた。次いでルターは、贖宥状と言う儲かる商売に大打撃を与えることによって、ローマ教皇の巨額の借金を返済不能にした。

p271

 しかしながらルターの話しにはまとまりがなく、筋道をたどるのが難しかった。ルターが多くの時間を割いたのはユダヤ人の話しで彼らの恐ろしい罪を並べ立て、ユダヤ人は殺されてしかるべきで、少なくともドイツから追い出すべきだという。

p293

 ルターはメンヒトンの家に逃げ込もうとしたが、その扉は閉ざされていた。

 ルターは荷馬車や干し草の山のなかに身を隠しながら逃げ道を探ったが、そのうち農民靴の旗を掲げた一団につかまってしまった。

 彼は殴られ、痛めつけられ、目をえぐられ、手足を切り落とされ、焼かれた。

p302

 天文学の分野では、ドイツ東部よりもっと東からやって来たある天文学者コペルニクス)が、地球ではなく太陽が宇宙の中心だという説を唱えた。それが「天球の回転について」というタイトルの本にまとめられ、各地に配られたことによって、第五の邦全体に広まった。すると太陽教への改宗者がますます増えた。

p310

 昨日の夕刻、メキシコ人がノルマンディーに上陸したという知らせが届きました。人が住んでいない海岸をうろついているところを農民たちが見たというのが大一方で、その後ル・アーヴルという港に現れ、いまはパリに通じる川をさかのぼってきているそうです。

手紙の差出人書き

セビーリャにて

 スペイン王

ベルギーとネーデルラントの君主、

 チュニスとアルジェの王、ナポリシチリアの王、

 「第五の邦」の皇帝、アタワルパ

p346

 スコロコンコロは皇帝の喉をかき切るつもりだったが、暗かったので手元が狂い、刃は肩に刺さった。アタワルパは叫び、振り向きざま男にとびかかった。相手の首を締めようと反撃に出た。想定外の抵抗に、ロレンツォも介入せざるを得なくなったが、よく見えないのでまずカーテンを開けた。ロレンツォは迷わず自分の短剣を抜き、皇帝の背中に深々と沈めた。皇帝には振り向くだけの力があった。「ロレンツォ、おまえか?」というのが最期の言葉になった。

p350

 キスペ・シサ(アタワルパの妹でロレンツォの妻)は床に倒れている5人の貴族を指さし「この者たちを城壁に運びなさい」

フィレンツェよ! これがこの町の破滅を望んだ者たちです!」と言って、彼女はロープの先で揺れる5人を指さした。