近年のSF界の状況に疎いのでテッド・チャンと言われても知らなかったが、たまたま本屋で手にとって解説を読んだところ良さそうだったので購入。早速、読んで見た。確かに水準の高い良質の短編集だが、解説に言うほどには評価しがたいところも。
個人的にお気に入りは、巻頭の「バビロンの塔」と「理解」。最初が良かったので期待過剰になった感じもあって読み終わった段階では少し冷めたかも。
「バビロンの塔」はお馴染みの旧約聖書の物語が現実の短編。塔の日常生活と、その目指すものが行き着く結末が、確かな筆致で描かれていて素晴らしい。エイブラム・デビッドスンの「どんがらがん」を思い出したのだが、こちらの方が数段上かも。
「理解」は人間の能力を越えた天才とはどんなものかをリアリティを持って描き出すと言う困難な業に成功していると思う。「狂人」を演じるよりも「天才」を演じる方が難しいというのは、某書にあった意見だが同感。天才以上のものがどんなものかを一人称で描ききられてしまうとは想像だにしなかった。凄い作品だと思う。
表題作の「あなたの人生の物語」は、ハードSF的なコンセプトと、素晴らしい質感の描写が入り混じって素晴らしく惜しい作品だと思う。異なる物理、数学、言語を持つ体系で宇宙を捉えると、エントロピー増大方向へ流れていく時間感覚ではなく、最短経路で規定された形で事象は必然的に進んでいくという確定未来(および過去)になるというアイデア。それをエイリアンとの言語コミニュケーションのところから出発して語っていくというのもスタイリッシュ。凄くレベルが高い作品だが、個人的には結末のインパクトに欠けた。この凄い作品が一体どんな風に締めくくられるのだろうと思ったのだが。もちろんこのままでも悪くないと思うので贅沢な悩みかも。
「顔の美醜の問題」は「影響力の武器」を思い出してしまった。非常に面白い着想で、独特の断片的な語り口で語られていて、これも面白い。ただ、この作品も素晴らしいだけに高まる期待に対して、エンディングは意外に大人しいかも。
全体としての評価にマイナスだったのは、個人的にはわかりにくかった「ゼロで割る」と、宗教色が強くて好きになれなかった「地獄とは神の不在なり」、そして折角作品が素晴らしいのだから作品だけで語って欲しかったと言う意味で「作品覚え書き」はない方が良かった気がした。