☆いたずらの問題を読む

bqsfgame2006-05-01

創元推理文庫のPKDと言うと、つい最近出たばかりと思っていたのだが、見たら92年の刊行だった。既に14年前。いかに長い期間、SFを読んでいなかったかがわかる。
1956年のディックの第3長編。「偶然世界」、「ジョーンズの世界」に次ぎ「虚空の眼」の前になる。
相互監視による高度な道徳支配社会が実現した未来社会で広告代理店を経営している主人公が、記憶が不確かなのだが大変ないたずらをしてしまったらしい。そこへ突然やってくる大栄転の話し。いたずら発覚のリスクとの板挟みの中、主人公は自身の内面の探索と、社会への大メッセージを打つ機会の間で疾走する。
ストレートなストーリーラインで読みやすく傑作だと思う。「偶然世界」もそうだが、独特の歪んだ未来世界の中をサスペンスフルなストーリーが躍動感を持って展開される。解説の宮部みゆきさんが看破しているようにディックの中期以降のキーワードは不安であり、その不安が現実になって信じていた世界観が崩壊するガシャーンという音がする。ストーンコールドティーブオースティンのテーマ曲のオープニングのイメージだろうか。この作品でも中盤に一回、現実が転換する場面があるのだが、合理的な説明がなされて主人公は元の現実に速やかにエネルギッシュにカムバックする。その意味でいかにも若き日のディックという感じだろうか。
ディック自身が語っているように本書では、融通の効かないコチコチの倫理社会に対するユーモアの提示というメッセージがあり、それは成功していると思う。そして主人公はその実現に向けて最後まで窮地から逃げずに立ち向かおうとする。とても前向きで元気の出るエンディングだと思う。歴代ディック作品の中でも個人的には五指に入ると思う。「ユービック」、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」、「ニックとグリマング」、「高い城の男」と並べて5つでどうだろうか?