総力戦への予兆

上述のように戦術の変化があり、それを利用した現場司令官が成果を上げつつあったにも関わらず、それを理解できなかったリンカーンが将軍人事をしていた北軍だが、結局のところ戦争には無事に勝利することができた。
それは、塹壕戦のさらに先にある総力戦に対する予兆を感じ取って運用することのできたグラントとシャーマンという人材が北軍にいたこと。その二人を人事的に運用することができたことが勝因だったと考えられる。
前述のように最前線では塹壕防衛線が威力を発揮し、たとえ劣勢の部隊であっても十分に強化された防衛陣地で攻撃を待つことができれば、攻撃側に甚大な被害を与えることで戦闘を痛み分けに持ち込むことができるようになっていた。
そうなると優勢の部隊が、その優勢であることを生かして勝ち切るにはどうすれば良いのか? グラントのオーバーランド戦役での答えは、それでも戦い続け消耗戦を強いることであった。オーバーランド戦役では北軍の被害は南軍の倍近かった。しかし、損害率という観点では、劣勢の部隊しか持たない南軍の被害の方が深刻となり、また再補充可能かどうかという観点に立てば、徴兵可能人口から見ても兵站支持経済基盤から見ても劣勢な南部にとっては回復不能被害と言えた。
この事実が理解されていたからこそ、南部は短期決戦で独立承認を勝ち取るためにリスクが高い北部侵攻を必要としたのであろう。そして、政治の必要を正しく理解して行動することのできたボビー・リーは、それを実行し、彼の稀有の才能により善戦健闘して成功の機会があるやも知れないところまで押し込んだのである。
逆に言えば、南北戦争はボビー・リーがいなければ、面白いゲームになるような戦争には到底ならなかったのではないか。北軍アナコンダプランを推進し、南軍がそれに対して締め上げられてギブアップしていくだけの戦いだったなら、戦争はもっと早く、もっと少ない損害で終わり、多くの会戦は戦われることなく済み、アメリカのウォーゲーム業界はドル箱となる題材を失い、それほどには繁栄できなかったかも知れない。