なつかしの昭和プロレスラー:マスクドスーパースター

bqsfgame2011-02-21

サージャント・スローターの次に語って置きたいのは、マスクドスーパースター。
全盛時のアントニオ猪木をフォールした外人選手は多くないが、スーパースターはその一人。巨体でパワフルながらスピード感もあり、そのフライングスリーパーやフライングボディプレスは、威力がありすぎてブックにない金星を射止めてしまうほどだった‥(^_^;
と言うことで、うっかり猪木をストーリーラインなしにフォールしてしまったためか、暫くお呼びが掛からなかった時期があり、筆者は丁度その時期にプロレス観戦に復帰。
しばらくしてから流星仮面が久しぶりに来日と言うので楽しみにしていたら、いきなり開幕戦で猪木とシングル。ゴング直後のフライングボディアタックは、ミスター高橋のスローカウントでなかったら3つ入っていたのではないかという際どさだった。
そんな訳で、どうも猪木より強かった節のある全盛期のマスクドスーパースターだが、アントニオ猪木を絶対的なエースとする新日本プロレスとしてはそのまま放置しておけない。猪木との覆面剥ぎ賞金マッチが設定され、猪木がシリーズ最終戦ではスーパースターを退治して終わると言うことになった。
この時にスーパースター陣営はセコンドにドン・ムラコを用意して覆面を脱がされるもタオルをかぶって顔を晒さないで脱出することに成功している。
ちなみに初来日時はモンゴルズでモンゴルギミック、覆面を剥がれた直後や、ストロングスタイルが受けるパキスタン遠征では素顔のビリー・クラッシャーで、さらにWWFではAWAのロードウォリアーズのコピーとしてペインティングレスラーのアックス・デモリッションに。そう言えばマシン軍団増殖の時にはスーパーマシンにも変身した。
プロモーターの意向でいろいろに変身して、そのどの姿でも非常に素晴らしいファイターだった。
また、タッグプレイヤーとしても優秀で、特に新日本にブッチャーが来た直後にシリーズエースのブッチャーと組んで上手くファイトしていたのが意外だった。黒人レスラーとのタッグで上手くファイトできない白人レスラーが多かった時代なのだが。
大量離脱で新日本が苦しいシリーズにも来日、最終戦では外人選手もアイデアを出し合ってファンサービスをする中で英会話教室を開いたのも印象深い。そもそもレスラーになる前は教師だったと言うからなるほどと思う。
日本マットが非常に好きだったようで日本ファンも多く、日本語の正式サイトを開いていたりする。
欲がなかったのでビッグタイトルに縁がなかったが、親友アンドレジャイアントのシングルマッチでフライングスリーパーでアンドレをダウンさせたシーンは、もしかするとこの人はハンセン、ホーガンより強かったのではないかと思わせる衝撃的なシーンだった。