なつかしの昭和プロレスラー:ブッチ・リード

bqsfgame2011-07-05

マグナムTAの翌年、1978年にNWAのメッカ、ミズーリでデビュー。
日本では、全日本プロレスの海外遠征で、ドリー・ファンクjrのインター王座の防衛戦の相手に抜擢されて放送に登場した。元々はタイガージェットシンの予定が、シンが馬場鶴田以外とは戦わないとして拒否、急遽のピンチヒッターで現地調達挑戦者として登場した。
柔らかくて力強い筋肉を持ち、スピードもあり、これは大変な有望新人が現れたものだと画面に釘付けになったのを覚えている。黒人初のNWAチャンピオンと言うと、レイ・キャンディー辺りの名前も挙がっていたが、リードが現れては実力でも人気でもキャンディーの出る幕ではあるまいにと思ったものだ。
この人も世の流れでWWFに登場、ヒールとして活躍したと言う。
日本マット登場が遅くなり時期を逸してしまい、日本で見た人には若い頃の輝くようなファイトぶりは逆にわからないかも知れない。
NWAタッグ王座にこそ付いたが、NWAでもWWFでもシングル王座に付くようなことはなかった。