☆空間亀裂を読む

bqsfgame2014-09-18

創元のフィリップ・ディックの最新作です。と言っても既に1年前で、図書館で借りて読みました。
昔ならディックの新刊を見たらノータイムで買って、その日の内に読み始めたものです。しかし、サンリオの中期くらいから外れが増えて来て、そこまではしなくなりました。どうしても、翻訳が進むと著者の傑作や代表作から凡作に移っていくので止むを得ない所でしょう。
なので、残り少なくなった未訳長編と言うことで、あまり期待していませんでした。
しかし、これは抜群に面白い。いや、文学性とか完成度と言う尺度ではありません。エースダブルらしい、若い頃のディックらしい、往年のSFらしいという意味で面白いのです。
設定が滅茶苦茶です。舞台は近未来のアメリカですが、人種差別が根強く残っており、黒人は貧困層に押し込まれています。人口爆発圧力が強く、余剰貧困層は政府支援を受けて冷凍睡眠で景気好転を待っています。その数、実に1億人。
そんな中での大統領選挙で、初の黒人大統領を目指す人物を中心に物語は進みます。キッカケは、時間理論を応用した高速移動機関の不良品が、異星に繋がる空間亀裂を生じたことです。この異星に移民すれば人口問題は解決‥と言うことで大統領選挙の争点になります。しかし、これは実は異星ではなく並行世界の地球で、そこでは北京原人が新人に勝利して発展していると言う。
ディックでは火星のミュータントが良く登場しますが、本作では火星は居住不能のままです。代わって、軌道上に浮かぶ脱法娼館衛星があり、その経営者が一つの頭を共有する双生児と言う奇怪なミュータントです。この娼館衛星の存続も大統領選挙の争点の一つとなり‥。
もちろん人種差別団体も登場し、黒人大統領候補の暗殺を試みる一幕も。しかし、北京原人との人種差に比べれば、肌の色なんて些細な差だと言う新しい価値観も。
まぁ、いろんなガジェットを満載して、物語は混沌と進んでいきますが、ディック中期以降の世界崩壊みたいなものは置きません。最後まで大統領選挙は決着しますし、北京原人世界との対立も、娼館惑星の存続も、いずれも結末を迎えます。
多少、未整理な印象は否めませんが、エースダブルにそれを言うのは無粋と言うものでしょう。なかなか面白く読めるエンターテイメントSFです。
読んでいて、なんかとても懐かしいテイストです。子供の頃に行った、ワンダーに満ちた駄菓子屋の記憶と言った所でしょうか。