☆暗闇のスキャナー:山形訳を読む

bqsfgame2018-01-27

またしてもPKディックです。再読。
本書は、数あるディックの本の中でも、サンリオ、創元、ハヤカワの三文庫で全て異なる翻訳家で出版されたと言う珍しい本です。
筆者が最初に読んだのは1980年のサンリオ版。発売と同時に購入して読みました。飯田隆昭訳です。サンリオSF文庫はトンデモ訳が多かったせいか、本書の飯田訳が特別どうこうという議論は当時なかったと記憶しています。
とは言え、サンリオ版を読んだ時の記憶として、非常に読みにくかった印象がありました。ですので、今回の再読に当っては創元の山形訳を別途購入しました。サンリオ版のカバーアートも好きなので手放すつもりはありませんが。同じような意見を見掛けたのが、こちら。
http://blog.goo.ne.jp/adawalt/e/256ab697c26f167ee71fbd2ffdb563fa
他にもこんな意見も。
http://blog.goo.ne.jp/ego_dance/e/0219a1ffb68145bb3af9c46c7484695f
ところで、中身です。
本書は、ヴァリス三部作の直前に当り、ディック末期への入り口です。
誤解を恐れずに言えば、麻薬中毒者視点の人生崩壊小説であり、それを取り締まる監視機構視点の人間不信小説であり、監視されていることが前提のディストピア小説です。
ややこしいのが、主人公のアークターが麻薬取締潜入捜査官であり、自身が麻薬中毒者であると同時に、それを監視する捜査官であると言うことです。
彼は自分の家に監視モニターを仕掛け、そのモニターテープを見るために仲間に言い訳をして頻繁に家を空けて近所の受信室に移動して自分を監視します。恐ろしいことに、2人が同一人物であることを、彼以外に知るものはありません。さらに、監視を続けている内に、彼自身も人格分離を起こして、アークターの行動を怪しみ始めます。
そのことを説明するために、脳梁を分離すると右脳と左脳は別人格を持てるという研究論文が登場したりします。そして、彼が中毒になっているDという麻薬には同じ作用があると言うのです。
出てくる麻薬中毒者たちは、言ってみればダメな人たちばかりなのですが、それでいて憎めません。意外に心優しい人が多いのです。とは言え、中にはアークターのことを密告しに当局へやってくるものも居たりします。で、それを聞くのがアークターである捜査官だったりする。それが喜劇ではなく、神経症的な悲劇であるのが本書独特のトーンです。
最後には、アークターは重度の麻薬中毒者として解任され更生施設送りになってしまいます。視点人物の崩壊にも関わらず物語は崩壊しません。更生施設で彼は驚くべき真相を目にすることになりますが、既に自分の名前も判らない彼にはその重要さも理解できなくなっています。
とにかく、予想以上にリーダビリティが高くて驚きました。創元版を読むと、サンリオ版って一体、何だったの?‥と思いました。サンリオ版しか読んでいない人は、サンリオ版を質に入れてでも読むべきです。
後期ディックは物語が崩壊していると言うのが通念でしたが、本書はそのようなことはありません。登場人物は崩壊しますが、物語は見事に収束しています。